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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
「今年のクリスマスは華やかに執り行うわ。
イブに舞踏会を開くつもりよ」
この秋にようやく軽井沢から居を移した光が朝食の席で、高らかに宣言した。
「…はあ?まだまだ街は貧しい人々が、多いのに?
…また反感を買いますよ」
薫はちらりと光を見遣り、がりがりと薄いトーストにバターを塗りたくった。
「あら、どうして?
もう戦争は終わったのよ。
いつまで暗く俯いている時は過ぎたのよ。
私たちが率先してどんどん豊かな文化を謳歌して発信してゆかなくては…。
特に、進駐軍に馬鹿にされるのが私は何より許せないの」
気の強さが現れている形の良い唇を尖らせて、光は珈琲を啜った。
…断髪の美しい黒髪、身に纏うドレスは高級なシルクタフタだ。

…最近、進駐軍向けのサロンを神谷町の実家別邸を改築して始めた光は、相変わらず強気だ。
自宅を進駐軍に解放している元貴族は少なくないが、光の場合は光の崇拝者が連日押し寄せ、敬愛を捧げていると言うから、物好きは多いのだと思う。

「お母様、お友だちをご招待してもいい?」
温かなミルク色のセーターにふんわりとした花柄のスカートを身につけた菫は、その大きな瞳をきらきらと輝かせて尋ねた。
…菫は星南女学院の幼稚舎に編入したばかりだ。
二年ほど見ない間に、薫ですら驚くほどの類稀な美少女に成長していた。

「ええ、もちろんよ。
たくさんお友だちをお招きなさい」
相変わらず、優しい仕草で菫の長い髪を撫でてやる。

「…父様…」
…どう思われますか?と薫は眼差しで会話する。

朝食室の長テーブルの上座にゆったりと座っていた礼也は、人好きのする魅惑的な笑顔を浮かべた。
…その豊かな髪にやや白いものが混じり始めたとは言え、仕立ての良いツイードのスーツに洗練されたネクタイを結ぶ礼也は、変わらずの伊達男ぶりだ。

礼也もようやくこの秋に九州飯塚の炭鉱から引き上げることが出来たのだ。
「…我が家の美しい二人のお姫様のご要望とあらば、全力で叶えて差し上げないといけないな」
礼也は悪戯めいた目配せをして答えた。
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