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泥に咲く蓮
第1章 夏の蕾
「次の化学ってさ、移動教室でしょ。
三崎さんも一緒に行かない?」
ショートヘアの彼女がそう言った瞬間、黙って隣にいたもう一人の表情が硬くなった。見逃さなかった。

「ありがとう、ちょっと職員室に寄って行かなきゃダメなんだ。
ごめん」
もちろん嘘に決まっている。
眼鏡をかけたポニーテールの彼女にも、ごめんね、と軽く笑いかけた。
相手もぎこちなく笑顔になる。

「いこ、ハヅキ」
眼鏡の彼女がくるりと踵を反して去っていき、ハヅキと呼ばれたショートヘアが追いかけていく。

きゃあきゃあと楽しげに教室を出ていく二人の背中を見ながら、これでいい、と梨花は息をついた。
眼鏡の少女の雰囲気は、明らかに梨花を歓迎していなかった。
同じような事は何度もあった、もう慣れっこである。

それっきり、二人から声をかけられる事はなかった。

ハヅキのようなオープンな子もいるが、そこに割って入るほど馴れ合いがほしい訳じゃない。




「きりーーつ、礼。」
うつらうつらとしていたのか、はっと我に返る。すでに授業が終わっていた。

遠くで鳴いていたセミの鳴き声はやみ、晴れていた空はいつの間にか暗い雲に覆われ翳っている。

帰る頃には夕立が降るかもしれない。
さっきより増した湿度と、グラウンドから立ちのぼる埃っぽい匂い。

夏休みがもう目前に迫っている。
梨花は憂鬱であった。





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