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泥に咲く蓮
第3章 色づき、膨らみ
「あんたさ、いい匂いすんの。
シャンプーとか柔軟剤とか、そんなんじゃないの」
「…」

「そんな匂いしてる女子いねぇからな。
いいなって思ってた」

シバはいつの間にか真面目な顔をしていた。

「…ごめんなさい。わたし、好きな人がいるの」

「知ってる」

後ろ手を付いていた手を離して、少し前傾姿勢であぐらをかいた脚に肘を乗せると、梨花が持っていたレモンティーを拐った。

「それ、前にも聞いたし、誰かも想像つく」
蓋をあけて、一口、二口と飲んでいる。

「…昨日学校にきてた保護者なんじゃねぇの?」

かああっと顔が赤くなる。

(なんでシバくんが知ってるの…?)

「やっぱりな」

梨花の反応をみて、シバは鼻で笑った。

「オレの面談、三崎の前の前だったんだよね。
で、後が三井でさ」
ミツイくんはシバくんとよく一緒にいる人だ。

「アイツが終わるのをエントランスで待ってたら、あんたが門まで出てきてさ。
兄貴なのかと思ったけど、一緒に歩いてるとこ見てたらあれ?って思った」

「…わたしに兄弟はいないわ」
「だよなぁ、全然似てなかったな」

見られていた事に、全然気づいていなかった。
梨花は愕然としていた。

「兄貴じゃないなら、なんであの人が保護者なわけ?」
「………」

「まあ、いいや。
誰だろうと関係ないし。
三崎がいくら好きでもダメな人に違いはないんだろ?」

シバが空になったレモンティーの蓋を閉めた。

「そういや、オレ達が一緒に帰ってたの、先生が見てたらしいぞ。
珍しいなって、友達なのかって訊かれたよ」

「それ、何て答えたの?吉田先生が…」

「付き合ってますって言った」

「そんな嘘を…」

不意に隣にいるシバの顔が目の前に近づいた。
梨花の口唇にそっとくちづける。
甘いレモンの香料が鼻を掠めた。

「…」
「…こんなにこっち向かせたいの初めてだ」

シバは、驚いて動けない梨花に、ニカッと笑ってペットボトルを持ったまま立ち上がった。

「じゃあまたな、オレ帰るわ」
「…なんてことするのよ!」
身軽にフェンスを乗り越えて、さっさとシバは行ってしまった。

梨花はしばらく茫然自失になっていた。


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