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泥に咲く蓮
第1章 夏の蕾

普段、こうして会ってもあまりお喋りではない彼が、今日は珍しく子供の頃の夏休みの話をしてくれた。
田舎育ちで岩みたいなカエルを獲っただとか、川で泳いでたら水着の紐が切れて脱げて流されただとか。
亮二の話はどれも面白おかしく、梨花はお腹が痛くなるほど笑い転げた。
そろそろ戻る、と席を立ったのは遅く、二十一時を廻っていた。
出ていく前にカップと灰皿を片付けようとする亮二を、いいからいいから、と遮った。
「気をつけてね」と玄関まで見送る。
「君こそ気をつけろよ」
スニーカーの紐を結びながら、亮二が窘めるように言う。
「俺が出てったらすぐに鍵を閉めるんだぞ。
夜遊びなんかはもっての他だぞ」
「そんな事しないよ、したことないよ。信用ないなあ」
笑いながら梨花は少しふくれてみせた。
「信用してるよ」
亮二が立ち上がり振り向いて、真面目な顔で梨花を見下ろした。
「リカちゃんはイイコだからな」
「…来てくれてありがとう。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
玄関のドアが開き、亮二が出ていく。
扉が閉まると、2LDKの部屋中がシンと火が消えたような静けさに包まれた。
(やっぱり今日も帰っちゃったな…)
ふと、何の期待をしているんだ…と思い直し、鍵を閉める。
リビングに戻ると、まだ煙草の匂いと微かにコーヒーの匂いがする。
梨花は灰皿から吸い殻をひとつ、取り出した。
そのまま、電気を消してリビングを後にする。
梨花の自室は、女子高生の部屋というには華美がなく殺風景な印象だ。
アイドルやキャラクターのグッズ、ポスターなどはない。
七畳程の広さにシングルベッド、パソコンデスクにノートPCが置かれ、辞書や教科書が並んでいる。
部屋の明かりは付けずに、ルームライト代わりにPCだけを立ち上げた。
ほの暗い中、壁にもたれてベッドに座り、手のひらの亮二の吸い殻をじっと見つめる。
吸口にそっとくちづけた。
煙とは違う煙草そのものの匂いがする。
(本当のキスって、どんな味がするんだろう)
トン、と灰を落としていた亮二の指先を思い出す。
きっと絵を描いている間、肌の色なんかわからなくなるほどいろんな色に染まっているだろう。
洗ってもなかなか落ちない染料だってあるはずだ。
しかし、短く切り揃えられた爪の先にも手指にも、染料の類いなど全く見当たらなかった。
田舎育ちで岩みたいなカエルを獲っただとか、川で泳いでたら水着の紐が切れて脱げて流されただとか。
亮二の話はどれも面白おかしく、梨花はお腹が痛くなるほど笑い転げた。
そろそろ戻る、と席を立ったのは遅く、二十一時を廻っていた。
出ていく前にカップと灰皿を片付けようとする亮二を、いいからいいから、と遮った。
「気をつけてね」と玄関まで見送る。
「君こそ気をつけろよ」
スニーカーの紐を結びながら、亮二が窘めるように言う。
「俺が出てったらすぐに鍵を閉めるんだぞ。
夜遊びなんかはもっての他だぞ」
「そんな事しないよ、したことないよ。信用ないなあ」
笑いながら梨花は少しふくれてみせた。
「信用してるよ」
亮二が立ち上がり振り向いて、真面目な顔で梨花を見下ろした。
「リカちゃんはイイコだからな」
「…来てくれてありがとう。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
玄関のドアが開き、亮二が出ていく。
扉が閉まると、2LDKの部屋中がシンと火が消えたような静けさに包まれた。
(やっぱり今日も帰っちゃったな…)
ふと、何の期待をしているんだ…と思い直し、鍵を閉める。
リビングに戻ると、まだ煙草の匂いと微かにコーヒーの匂いがする。
梨花は灰皿から吸い殻をひとつ、取り出した。
そのまま、電気を消してリビングを後にする。
梨花の自室は、女子高生の部屋というには華美がなく殺風景な印象だ。
アイドルやキャラクターのグッズ、ポスターなどはない。
七畳程の広さにシングルベッド、パソコンデスクにノートPCが置かれ、辞書や教科書が並んでいる。
部屋の明かりは付けずに、ルームライト代わりにPCだけを立ち上げた。
ほの暗い中、壁にもたれてベッドに座り、手のひらの亮二の吸い殻をじっと見つめる。
吸口にそっとくちづけた。
煙とは違う煙草そのものの匂いがする。
(本当のキスって、どんな味がするんだろう)
トン、と灰を落としていた亮二の指先を思い出す。
きっと絵を描いている間、肌の色なんかわからなくなるほどいろんな色に染まっているだろう。
洗ってもなかなか落ちない染料だってあるはずだ。
しかし、短く切り揃えられた爪の先にも手指にも、染料の類いなど全く見当たらなかった。

