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LaundryHeavenly.
第5章 Heavenly.5
「…私は、皆さんに…たくさんのご恩を頂きました。そのお返しがしたいのです。…だからどうか私を………お願いします…っ」
「………」
私の申し出─もはや哀願だったかもしれない─に、ブライトさんは眉間を寄せた。
「隊長ー、据え膳食わぬは男の恥ですよー」
ハイジさんの横やりに、ブライトさんから表情が消えた。
そのまま無言で立ち上がると、ハイジさんの側までツカツカと歩み寄る。
そして床に座るハイジさんの襟元を掴み、引き起こしたと思った直後。
鈍い音と共に、ハイジさんの体が真横に吹き飛んだ。
「ひっ……!?」
童顔で可愛らしい雰囲気でも、ハイジさんは決して小柄でも華奢でもない。
大の大人、ましてや鍛えられた肉体を持つ兵士。
そんな彼をも吹き飛ばす、相当な力での容赦ない殴打。
それは私が初めて目の当たりにした、暴力以外の何者でもなかった。
私は情けない声を漏らし、硬直することしかできない。
無意識に…いや、助けを求めたかったんだろう。ナノさんに視線を向ける。
彼もきっと困惑しているはず…しかしそんな予想は外れた。
ナノさんには全く変化はなかった。
表情一つ変えず、視線を逸らさず。
上官二人の様子を見ている。
「黙れ」
倒れ込み、口元を押さえたハイジさんを見下ろしてブライトさんはそう言い捨てた。
その声は、彼のもの。低くて、優しくて
私に安息とやすらぎを与えてくれるもの。
でも今は違う。
その声は、殺気すら帯びていた。
『僕もナノも何回も殴られてる』
ハイジさんの言葉を思い出した。
どんなに優しくても穏やかだろうとも
彼は『兵士』であり『隊長』なのだ。
──そう、彼らは兵士。
彼らが生きるのは戦場。
そこは常に死と隣り合わせの世界。
きっとこんなことは日常茶飯事。そう
彼らにとっての『いつもどおり』の
光景なのだろう。
私が身を置こうとしているのは
こういう世界なのだ。
お嬢様の無邪気な笑顔が浮かぶ。
でもお嬢様はもういない。
私は生きなければならないのだ。
怯えている場合じゃない。
しっかり見ておかなければ。
これから私が生きていく……
『従い尽くしていく』世界を。
ブライトさんが無言でテントを出ていくまで、私は彼らを見つめ続けたのだった。