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LaundryHeavenly.
第8章 Heavenly.8
「畏れ多くて入れないんだってさ」
私たちのやり取りを見ながら、可愛いよね、とハイジさんが苦笑混じりにブライトさんに告げた。隙間から見えたその表情は、普段通りの明るいもの。さっきまでの興奮した声が嘘のようだ。
「何?」
どういうことだ、とブライトさんはハイジさんの方を向き問い質す。私はその隙に体を横に移動させ、掌の温もりから逃れた。
「…っあ…あの…っ、…申し訳ありません!」
そして正座をし、彼ら─主に、ブライトさん─に向かい深々と頭を下げた。脚や額に地面の冷たさと小石が刺さる小さな痛みが広がる。
でもそんなものに構ってはいられない。
私は奴隷の分際で、数々の非礼を働いてしまったのだ。こんな、遥かに高い身分の方に。
殺されたっておかしくはない。ただただ許しを乞い、謝罪の言葉を口にし続けた。
「……説明しろ、ハイジ」
頭上から降ってきたのは予想通り、威圧感すら醸し出す低い声。ただそれは私に向けられたものではなかった。
「説明も何も、僕らの"自己紹介"しただけさ。ブライトが言ったんじゃない。レノちゃんだってもううちの一員なんだって。なら当然でしょ?」
全く意に介さない調子でハイジさんは返す。
彼は部下でましてや平民のはずなのに、何故ここまで対等に話せるのか…やはり理解できなかった。
ハイジさんの言葉と私の態度で、私が何を聞かされたのかブライトさんは察したようだった。
彼は小さく溜め息をついたあと、今度は私に語りかけてくれた。いつも通りの穏やかな声で。
「─わかった。とにかく入って来なさい。話がある」
辛うじて顔を上げることはできた。
だがこのテントは、彼らの身分を知ってしまった今、何処よりも敷居が高い場所となってしまったのだ。
躊躇いが先立ち、体が言うことを聞かない。
「でも…」
「レノ」
そんな私に痺れを切らしたのか。
ブライトさんは手を差し伸べてくれながら
恐らく私には一番効果的な言い方で促してくれた。
「隊長命令だ。入れ」
「!は、はい…っ!」
おずおずと伸ばした手はしっかりと掴まれ、引き起こされた。
大きくて、あたたかい手。
奴隷の私が触れることなど、あってはならないのに。
この手を求めてやまない自分もいてはならないのに。
複雑な思いに駆られながら、私はテントに足を踏み入れたのだった。