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LaundryHeavenly.
第11章 Heavenly.11
「どうぞ」
彼の手には、ほかほかと湯気を立てるお湯で満たされた桶。縁には柔らかい布も掛けてある。体を拭くためのものだ。
それを私に渡したあと、彼は今度は隅にあった木箱を引き寄せた。掛けられていた薄布が取り払われると、そこには朝食とおぼしきものがあった。
聞けばこれは、彼が用意したものだという。謝罪の言葉を繰り返す私に対し、彼は、私が来る前は自分の仕事だったから慣れている、いちいち気にしないで欲しい、と煩わしそうに返したのだった。
「…一時間後にまた来ます。そしたら、昨日の続きから始めますので」
─────────
「──"私の名前はレノです"。書いてみて」
予告通り始まった、『昨日の続き』。それは読み書きの指導だ。
木箱を挟んで彼と向かい合って行われるそれは、私にはなかなか辛い時間だった。
「…でき…ました」
「できてません。"わたしわなまえのレノでした"になってます。向きも逆です。もう一度」
生まれて初めての、所謂『勉強』。
「…名前だけは、確かに完璧ですね」
「…ありがとうござ…」
「褒めていません。次、読みいきます」
それに加え、彼の歯に衣着せぬ物言い。
否が応でも萎縮してしまう自分がいた。
「これを読んで下さい」
「そ…そ…うじ…、おわる…ました?」
「…違います!"掃除は終わりました"」
思うように捗らない苛立ちを、ナノさんから感じ始めた頃だった。
「なーんか微笑ましいね」
その声が聞こえた瞬間、体が凍りついた。ナノさんは即座に立ち上がると、声の主を迎え入れた。
「…お疲れ様でした、ハイジさん」
「んゃ、またすぐ出る。外のヤツ片しといて」
「承知しました」
「レノちゃん昨夜よく寝れたー?」
外した防具をナノさんに渡しながら、ハイジさんはそう尋ねてきた。それは全くいつも通りの口調。
誰よりも彼がわかっているのに。『他言無用』を守れるか否か、また試されているのだろうか…
「…は、はい…」
「ん。じゃーお勉強頑張ってね。あー定例報告面倒くさーい」
「…お気を付けて」
「……」
拍子抜けする軽い返事を残し、ハイジさんは出ていった。二人に戻った空間は賑やかさが嘘のような静けさ。それを破ったのはナノさんだった。
「…自分も怖いですよ。ハイジさん」
「!」
「あの人は体じゃなく、心を殺すので」