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LaundryHeavenly.
第11章 Heavenly.11
「頑張ってるな」
その夜。ナノさんから自分が不在だった間の報告を受けたブライトさんは、最後に昼間私が書き取りをした紙を見てそう言ってくれた。
「…彼女は覚え自体は悪くありません。繰り返しやれば、すぐ身に付くと思います」
「お前の指導の賜物だよ。ご苦労だった、ナノ」
「ありがとうございます」
完成した夕食を並べていく私のすぐ横でなされるその会話。ナノさんの口元が微かに綻んだのが見えた。
彼にしては珍しい、素直な反応。しかしそれは次に聞こえた声で瞬殺された。
「たっだいまー。あーほんとムカつく」
「…お疲れ様でした」
昼間と同様にナノさんは即座に立ち上がると、帰りついたハイジさんを迎え入れた。彼に荷物を預け身軽になったハイジさんは、夕食が乗った木箱を挟みブライトさんの向かいにどかりと腰を下ろした。
「追加兵士も寄越さんとまぁ勝手なこと言うんだ、上の人は」
余程腹に据えかねることがあったのか。こちらも普段あまり見かけることがない、苦虫を噛み潰したような顔だった。本部への定例報告に行っていた彼の口からは、次から次へと愚痴が零れ続ける。
「…お前もご苦労だったな、ハイジ」
ブライトさんはそれを全て聞き入れ、最後に静かな口調でそう告げた。ひとしきり吐き出し落ち着いたのか。ハイジさんの表情は、いつも通りのものに変わっていた。
隊員達にとってのブライトさんの存在の大きさがわかる。いかに精神的な支柱になっているのかも。その時だった。
「あ、そーだ。ナノ、伝言」
「…はい」
「お兄ちゃん、意識戻ったって」
瞬間、場の空気が一変した。
「本当か、ハイジ」
「っても植物状態。反応ないって」
直接見てないけど間違いない。父親である軍医総監の落胆は相当なものだったと聞いた。と、ハイジさんは淡々と続けた。ナノさんは…無表情だ。
「総監ご自慢のご長男様だったのにね」
「…仕方ないだろう。ナノ、明日お前」
「…父君は、戻らなくていいそうだよ」
お前はお前の職務を全うしなさい。ナノさんのお父様は言ったそうだ。でもそれは体のいい拒絶だと私にも分かった。何故なら兄を『その状態』にしたのは…彼だから。
「…わかりました」
最後のその言葉まで、ナノさんの表情に変化はなかった。
そして私は会話が終わり彼らが食事をとり始めるまで、空気になることに徹したのだった。