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縁
第8章 クズの純情
これまでに列車に乗る機会などなかった。
絢音はワクワクした気分で辰に話しかけた。
「そうか、嬉しいか?」
辰は楽しげな絢音を見て、自分も満更ではなかった。
「うん、凄く嬉しい」
絢音は風呂敷包を両腕でギュッと抱き締め、窓の外を眺めている。
周りは山ばかりで何の変哲もないつまらない景色だが、大好きな人と一緒に列車に乗り、旅が出来る。
それだけで、つまらない景色が華やいで見えた。
辰はスーツケースを網棚にあげ、やがて列車が走り出した。
絢音は目を輝かせて流れる景色を見ていたが、草木が列車の風圧で揺れ動くのを見たら、風を直接感じてみたくなった。
「辰さん、窓を開けたい、開けていい?」
「ああ、そりゃいいが……、あれだ、今は構わねぇが、呼び方に気をつけろ、街に着いたら父さんと呼べ、いいな?」
辰は呼び方が気になって注意を促した。
「うん、わかった、っと……、うー、重い」
絢音は頷き、さっそく窓を開けようとしたが、窓は予想以上に重く、力一杯持ち上げてもピクリとも動かなかった。
「まちな、開けてやる」
辰は身を乗り出して両手でグイッと持ち上げた。
すると、嘘のように軽く持ちあがり、外の空気が一気に流れ込んできた。
「うわっ……」
進行方向からブワッと風が吹いてきて、髪が全部後ろへ流され、息が詰まって顔を顰めた。
「はははっ、だからよ、あんまし開けねぇ方がいい、少し閉めよう」
辰は笑いながら窓を下げたが、全部閉めずに下を少しだけ開けたままにした。
「えへへ、うん……」
絢音は乱れた髪を直しながら微笑んだ。
もう一度窓の外へ目をやると、新緑に彩られた木々が淡い緑色の葉を揺らしている。
涼やかな風が髪を梳くようにすり抜け、思い切り息を吸い込んだら、瑞々しい青葉の香りがした。
「気持ちいい……」
あまりの気持ちよさに、独り言のように呟いた。
辰は何気なく絢音を見つめていたが、髪を靡かせてうっとりと目を細める少女は、柔らかな日差しの中で色白な肌を際立たせている。
妙に眩しく感じたが、荒んだ自分とは正反対だ。
穢れのない無垢な少女は、手を出すのが憚られるような尊い存在に思える。
辰はこんな気持ちになったのは初めてだった。