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第9章 悪い癖

「そうです、辰さんのところに連れてこられて……、そのまま置いていかれました」

「そうなの……、辛い思いをしたのね」

百合子は同情して言ったが、百合子自身辛酸をなめてきただけに、決して上辺だけの同情ではなかった。

「あの……でも、ここに来てからは食べる物に困らないし、私はここが好きです」

絢音は素直な気持ちを口にする。

「そう、辰さんは絢音ちゃんの面倒を見てくれたのね、だけど意外ね……、辰さんがそんな事をするなんて……、だって、直ぐにでも宿に連れて行きそうだもの」

百合子は辰の事を言ったが、そこが一番気になってるところだ。

「っと……、家事ができたら置いてやるって、そう言われました」

「あ、そうなの……、絢音ちゃんは出来たの?」

「はい、私はずっと家の事をしてきたから」

「ああ、そうね……、それで学校に通えなかったのね、そっか、だけど……良かったじゃない、もし出来なかったら、きっと宿に下働きに出されてたわ」

「私もそう思います、だから、辰さんが私を追いださなかったのは、たまたまです」

一番最初に辰がそう言ったのは、思いつきで言ったに違いなく、運が良かっただけだ。
絢音はそんな風に思っている。

「なるほどね……、そうだったんだ」

百合子は大体の事情がわかり、深いため息をついていた。
辰は絢音を置いているうちに情が移った。
まるで我が子のように可愛がっているのは、日々の積み重ねがあったからで……自分のような者には到底太刀打ちできない。
それが証拠に、絢音の首には可愛らしいペンダントがぶら下がっている。

「絢音ちゃん、そのネックレス、辰さんに買って貰ったの?」

もうわかっていたが、聞いてみた。

「はい」

絢音は嬉しげな笑みを浮かべて頷いた。

「そう……」

百合子の心に嫉妬めいた気持ちが湧き起こってきた。
辰は絢音に手を出してはいないようだし、家族のような情を抱いているのかもしれない。
それに、わざとそうしたわけではなく、偶然そうなった。
絢音が幼い頃から苦労してきた事が、よい方向へ作用したのはわかる。

ただ偶然にしても、相手が辰だけに……絢音が幸運を掴んだ事が羨ましく思えた。




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