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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 露崎は僅かに身を引いた。腹の底からじんわりと、嫌な予感が湧いてくる。

「……え、まさか、」
「そのまさか、だ」
「わたしは行かないですよ! ね、お願い、わたし、行きたくないです、直くん、ね、お願い、」
「仕事だ、露崎」
「わたしのこと生贄扱いですか! あとそこは明莉って呼んでほしかったです、昔みたいに!」
「明莉先輩、すごい汗です」

 風邪をひきますよ。ご注意を。

 懐から手ぬぐいを取り出し、差し出してくれる金城の思いやりも、今の露崎を慰めない。上官の机に片手を突き、それでも抵抗を試みる。

「どうせ『御館様』の差し金でしょう。あれのお気に入りの、」
「雨宮殿ならの名代で今英吉利だ」
「なんつう名代ですか。警察やってる従者一家の跡取りを外国に送り出すなんて、誤解に向かってまっしぐらじゃないですか」
「ちなみに兄上殿は絵画の題材を集めるために仏蘭西に」
「姉上さんは此処数日杳として行方知れずですね」
「……まあ姉上さまは一年の半分は行方知れずでしょ」

 事情をいち早く飲み込んだ金城が、横から額を拭ってくれる。
 露崎はため息をつきつき、覚悟を決めた。基本的にひとの良い上官が、己の命で落ち込む部下を慮るような顔をする。

「すまないが、アレが云うことを聞く人間は稀なのでな。この署内にはお前しかおらん」
「あの方はわたしの云うことなんか聞いたことないですよ。そもそもわたしのことなんて客の一人としか思ってないでしょう」
「だが、少なくとも門前払いはされない」

 頼むぞ、露崎。

 まじまじとひとみを合わせ、藤堂は囁くように云った。
 露崎はもう一度深々と、息をついた。
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