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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 心の臓を撫でる艶やかな声に違わず、やけに婀娜っぽい顔だ。不健康なほど生白い肌に、匂い立つような切れ長のひとみは、毛布とおなじすみれ色。物憂げであやうい雰囲気で、つつくだけで壊れてしまいそうにも見える。

 見た目は儚いご令嬢。とはいえそれは見た目だけ。実際のところ露崎は、これほど逞しい人間に出会ったことはない。今も隙あらば罵詈雑言を吐いてやろうとこちらの顔色を伺っていることが、手に取るようにわかる。

 その顔つきをあえて見ぬふり、勝手に部屋に上がり込む。広げられたすみれ色や定規や布を踏みつけないよう注意しながら、少女の隣に腰を下ろした。
 どうせどう云おうと、あちらの態度は良くはならぬ。ならばあれこれ考えるだけ無駄というものだ。

「単刀直入に云います。仕事です」
「嫌だよ、見てわからないかい」
「あなたほどの聡明な方が、見て分からぬとは思いません。理央さま」

 低い声で名を呼ばれた彼女の肩が、ひくりと跳ねた。

 細い腕が、膝の上に広げていた布を胸に抱き寄せる。幼い子どものような、世慣れぬ乙女のような仕草。露崎は、西園寺理央と名付けられた化け物が、案外に、自分より幾分か稚い、まだ二十といくつを数えたばかりの少女であることを、最近悟った、察してしまった。

「そんな無粋な制服姿で、ねえ、明莉、私の事、脅そうって云うの?」
「脅される前に話を聞いてください」

 頼みこむように云えば、西園寺は薄い瞼で幾度か瞬いた。髪と揃いの金色の睫毛がけぶり、みるみる諦めたような色を浮かべる。

 露崎は、頭がさして回る方ではなかったとしても、比類無きと云うほどの馬鹿ではないから、わかる。

 あの冷徹に見せかけて情の深い上官が浮かべる、すまなそうな表情の意味。目の前の少女の、諦観が染みついたようなひとみの意味。

 己がこの子どものような神さまのような少女のような化け物、の足枷であること。

 私さえいなければ、貴方はもう少し自由なのに。

 とは、傲慢が過ぎるから云わない。おそらく己も、多少は信用されているのだろう。さすがにそれは、わかっている。わかっているが、きっとその信頼は、特別お気に入りのお人形に向けるような、強いて云うならば、寵愛、或いは、庇護。

 できればこの臆病な少女が、ひとりの人間同士として、誰かをあいすることができれば。
 今はそれを云っても詮無いこと。
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