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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 まだ冬の気配があちこちに残る道を、せっせと歩いてゆく。紫と橙と青を混ぜたような薄明り。

 まだ朝も早いから、皆が目覚める前に聞くことができるかもしれない。そう思うと足取りも軽くなる。


 そういえば、この間の彼は、陽色のことをどう思ったのであろう。

 彼か彼女か実は未だに確信が持てていないのだけれど、あの風変わりなひと。おおよそ人間に見えぬ陽色の動きを見ても感心するばかり、おおよそうつくしいとも云えぬ、陽色の奇妙なひとみを覗きこんでもびくともしない、あの、おかしな。

「へんなひと、だった?」

 片方の瞼を細い細い指でさすりながら、陽色はからだ中がむず痒くなるような興奮を覚える。でも、でも。

「きれいなひと、だった」

 思わず呟き、身震いする。

 やけに艶やかなすみれ色のひとみの上に、露を含んだような金色の睫毛を揺らして、あのひとは陽色の顔を覗きこみながら云った。

 なんだい、君、あいらしい顔をしているね。君のようなかわいらしい子が出るのなら、見てゆくよ。

 あいらしい。
 そう、あいらしい。おれが。
 初めて、云われた。

 いささか彩度が高すぎる真赤なひとみは、人形じみた顔の造形より先に、陽色の印象を決定づけてしまう。気味が悪い。おかしい。怖い。変。歪。

 あのひとはそう云わなかった。

 おれのこと、あいらしいって云った。

 あのひとなら。
 あのひとが、女のひとでも、男のひとでも。あのひとであるなら、いくらでも誘われるのに。いやいやしないで、喜んで寝台に上るのに。体力の浪費を恐れて人形のようにじいっとしているだけでは、きっと物足りない。ひと晩中離さないで抱きしめてしまうだろう。

 滅多と考えぬことを考えて、顔が熱くなる。ただ一度きり目にしただけのひとに、ここまで惹かれる己など知らぬ。少し恐ろしいような気持ちになった陽色は、慌てて足を速めた。こういうときは、あれを聞くに限る。

 己の知る、唯一の、神さまの声だ。
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