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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 サアカスの興行のために借りている、古ぼけたビルヂングに戻る。仕事に向けてまだ皆寝静まっているようで、不気味なほどに静まり返っている。

 ここの地下劇場が、今宵の舞台。陽色たち化け物を孕んだ、歪な地獄。

 まるで、お化け屋敷みたい。

 思いながら、陽色は、玄関口に掲げられた看板を一瞥した。しばらく立ち止まったあと、地下に続く階段を下りてゆく。

 『心中サアカス』。

 舞台袖にほど近い、比較的広い部屋が、陽色たち芸人の控室兼寝床だった。十数人はいる子どもたち、幾らか混ざった大人たち、が、小道具や衣装に埋もれて雑魚寝している。

 入口近くの己の荷物置き場にそうっと這い寄り、それを取り出す。衣装や化粧道具やなんやかやの下に隠して、移動の度に連れて歩くそれは、古ぼけたレコオド盤である。そもそもそのような贅沢品を個人で持つことができるような身分ではなかったけれど、これはごみ捨て場に捨てられていたのを偶然拾ったものだった。

 陽色の神さまはごみ捨て場にいたのだ。

 なんとも、恐ろしいことに。

 これは何だろう、勿体ない、と拾い上げたそのときの己を、陽色は評価する。運命を引き寄せる力を持っている、と思う。

 陽色の寝床の隣りには、仲良しのひとりが、からだをまるめて、未だ、夢の中。真白い着物姿で、まるでお姫さまのようだと思う。

 歪で醜悪な容姿のものが多いこのサアカスに於いて、彼女は花形であった。夜闇を溶かしたようなうつくしい髪に、白粉を塗らぬうちから白い肌。ほがらかでおしゃべりで華やかで、その眩しさゆえにパトロン連中も彼女を寝台に引き込もうとは思わないらしい。

 それは幸いなことだ。幸少ないこの場所で、唯一と云っても良いほどの。

 彼女を起こさぬよう、陽色はそうっとそうっと、大部屋を出る。

 地下室から再度一階に上り、ビルを出て、裏口へ回る。

 そこにあるのもまた、ごみ捨て場。あらゆるがらくたが山のように積み上がり、身を隠すにはもってこい。

 早朝とはいえ、誰が通るとも限らない。周囲を見渡し、がらくたの一部にかかっている古ぼけた布を取る。

 その下にあるのは、同じく古ぼけた蓄音機。恐らくこの劇場で使っていたものであろう。使っていると時折針が飛んでしまうので、興行では使えまいと判断されたのだ。

 陽色にはそれで、十分であった。
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