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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 己のからだと蓄音機を覆うように、布を被った。こうしていれば、布の中は、陽色と、神さまだけの世界だ。

 慎重にレコオドを取り出し、蓄音機に乗せ、針を落とす。

 きりきり、きりきり、僅かな雑音の後、力強いピアノの伴奏が響きだす。

 それに乗り、陽色の神さまは、伴奏に負けぬほどの激しさで歌いだした。

 心の臓を叩き潰すような、握って絞り上げるような、恐ろしい声。
 それなのにどこか艶めいて婀娜っぽく、うつくしいとも形容できる声。
 陽色がなんとか歌える音よりも、オクターヴ高い声も、低い声も孕む、男だか女だか分らぬひとの、どういうわけかこころを揺さぶってやまない、歌。

 この歌声を聞くとき、陽色のからだは熱く沸き立つ。華奢で非力で、大人たちにいいようにされ続ける肉体も、己のものだ、確かに此処にあって、確かに息をしていると信じることができる。このひとの声を聞いている限り、己は息をしていられる。

 だからこのひとは、ひとではない。神さまだ。

 流れ出る音ごと蓄音機を抱きしめ、陽色は薄い瞼を閉じる。できることならば、いつか、こんなふうに歌えるように。いつか。
 ごろごろと掠れた低い声では、夢のまた夢かもしれないけれど。夢のようなことを考える。この歌声に抱かれている間は、夢もみることができる。

 一体何を歌っているものか、陽色には欠片もわからぬ。わからぬけれど、このように力強く歌うのだから、嘆きや苦しみを歌ったものであるわけがない。思いながら、よりいっそうその旋律に聞き入った。

「陽色、」
「ひゃ!?」
「あ、ごめんなさい、驚かせちゃったわ」

 唐突にかけられた声に、陽色は文字通り飛び上がって驚いた。慌てて蓄音機を止め、被っていた布を取る。

 目の前ですまなそうな顔をしているのは、先ほど大部屋でまるまって眠っていたことを確認した、彼女だった。

「あ、まやちゃん」
「そうよ、まやちゃんよ」

 おはよう、陽色。あいかわらずねえ。

 陽色より、幾分か低い声。自らのことを、まやちゃん、と呼ばせるのは、雅弥という名前が気に入らないから。男の体に女の魂。そんな題目で踊る彼女は、朝日に負けぬ鮮やかさで陽色の目を焼いた。
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