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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
「へえ、このサアカス団は団員に朝食もふるまわないのかね」
「へ、へえ、そこは、自由に、と云いますか……」

 呼ばれた部屋は、この建て物の中でもいっとう上等な、貴賓室だった。びくびくしながら扉を開けた途端、尖りに尖った声が響き渡る。

 部屋の中、豪奢な椅子に堂々と腰かけ長い脚を組み、紳士、のような、令嬢、のような、不思議な人物が座っている。

 その足元に跪いてまるで哀れな従私のように何やら許しを請うているのはなんと、陽色たちの団長であった。

「……え、なに、どういうこと、これ」
「ああ、陽色、おま、おまえにお客様だよ、早くこちらへ来んか」
「君のそのやたらと居丈高な口調は好かないね」
「ひい!」

 すみませんすみませんと頭を垂れる団長の、肉付きの良い背中に、革の長靴に包まれているにも関わらず、細く長いことがわかる脚が乗せられる。がん! と存外強い音がして、陽色はそれに飛び上がった。

 上等の仕立ての燕尾服に、血のような紅色の上着。同じ色のシルクハットの下から、花びらのごとく覗く、金色の髪。

 陽色のひとみは、勝手にみるみる見開かれた。このひとは、見覚えがある。忘れもしない。

「あ! あんたこの間の、」
「あんたじゃないよ、私はリオだ。西園寺リオ」
「理央?」
「そう、理央」

 蹲る団長にはもはや見向きもせず、彼、彼女のような、服装からして彼、いや名前からして彼女? は、陽色をまっすぐ射抜いた。

 ひとみも頬も鼻先もくちびるも、何もかもが婀娜っぽい。化粧でもしたかのような薄紅だ。

 朝の光の中にあっていい顔ではない、と思う。その婀娜っぽいくちびるから、西園寺は滔々と言葉を紡ぎだした。

「この役立たずにね、真赤なひとみをした、顔の多少かわいらしい子を呼んでくれと云ったのだよ。ひとみが赤い子なんて幾らもいないだろう、それなのに君を呼び出すのに何刻かかったと思う?」
「あ、ああ、えっと、あの、おれもちょっと出かけてたので、それで、」
「へえ?」

 しどろもどろな陽色に免じてくれたのか、どうなのか。取りあえず団長の背中から脚を下ろして、西園寺は長い指先で陽色を手招いた。やけに黒い手だ、と思ったが、どうやら黒い糸で編まれた手袋をしているらしい。細かな薔薇模様。生まれてこの方、こんなに精緻な編み細工は見たことがない。どれほど高いのだろうか。眩暈がしそうだ。
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