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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 硝子の箱の中で、ぽつりと咲いた金の薔薇。

 ぴくりとも動かず、悲鳴どころか呻き声すらあげず。されるがまま、引きづられるようにして連れてゆかれた彼女を見て、露崎明莉は、その時何故か、そう思った。

 高潔さとは、清浄さとは、そしてかつての栄華とは、似ても似つかぬその姿。嘗ての彼女がそうであったとしても、到底そうは見えないはず。はずなのに、やはり彼女は、奇妙なまでに女帝であった。

 日に焼けぬ真白の首筋に青く静脈が浮いている。肉付きは悪いくせやたらと長い四肢は、壊れた玩具の人形のように奇妙な具合に折りたたまれていた。
 分厚く艶めく薔薇の花びらを幾重にも重ねたかの如く、あまく水気を含んだ金色の髪。柔らかであるはずのそれが動く様を、露崎は思い出せないでいた。ただはっきりとしているのは、己は彼女をこの場所から出してやることができないということだ。
 青く透き通った目蓋の下、すみれ色のひとみがふいにこちらを見上げてきた。乾いた、硬い、硝子玉の眼球。

 う、ら、ぎ、り、も、の。

 色のないくちびるが確かにそう動いたことを、露崎は忘れられないでいる。いつでも簡単に頭の中の引き出しから取り出すことができる。
 場所も比較的選ばない。たとえば上官が長々と喋る執務机の前、であるとしても。

 ……さき、ゆさき、

「露崎!」
「ひゃ、」

 やや神経質に尖った、雪のように凛とした声が露崎の夢想を破った。

 硝子の箱と金の薔薇は弾け、世界にぬくもりが戻ってくる。

 擦り切れた紅色の絨毯。同じく擦り切れやや茶けた花柄の壁紙。元は名のある華族の別邸を買い上げたと聞くが、ここは夫人か、お嬢さんのものだったのやもしれぬ。露崎はいつもそう思っている。できれば、執務室をこの部屋以外のどこかにしてほしいとも。

 何せこの部屋を使うのは、花盛りの少女ではなく、国に仕える警察官、より正確に云うならば、眼鏡をかけた冷徹な長官なのだから。

 部屋の真ん中に据えられた、銀のストオブにかけられた、何故かべこべこに凹んでいる薬缶が、しゅうと蒸気を吹き上げた。

 窓際に大げさな素振りで据えられた、大きなおおきな書き物机に座って、上官は露崎を見上げている。生真面目な幼馴染の青年は、きっちりと着込んだ紺色の制服が呆れるほどに似合っていた。結局女らしさが拭えぬ露崎とは違って。
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