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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
「貴様、俺の話を聞いていたか」
「ええ、すいません」
「……それは聞いていなかったということで、俺の理解は誤っていないな」

 怜悧で賢しげな美貌の彼はしかし、存外にすぐ導火線に火がつく。男にしては細い喉がひゅう、と鳴って、怒声を吐き出そうとした。

「待ってください、藤堂さん」

 そこへひらりと割って入る影がある。

 中肉中背の露崎より、少しばかり高い身の丈に、頭の上で結ばれた長い髪。まるで歌舞伎役者の如くしなやかで芝居がかった身のこなしは、からだつきの細さに反して、彼女が必要十分に筋力を備えていることを表している。

「いたのか、金城」
「私、最初からいましたよ!」

 藤堂さんが語られるので、言葉を挟まず拝聴しておりました。

 眼鏡の奥の瞼を眩し気に瞬かせる藤堂直に、金城葵はにこにこと説明する。己で呼びつけておいて存在を感知しておらぬ無体な上官を前に、しかし彼女は気を悪くしたふうもない。

 露崎は薄いくちびるで、ひゅう、と口笛を吹いて、金城の頭を撫でてやった。

「長官の話を最後まで聞いていたのですか。葵ちゃんは偉いですね」
「それほどでもないのです、明莉先輩」
「どういう意味だ、露崎。貴様も何を照れているんだ、金城」

 低く呟いた藤堂に、いささか罪悪感が湧く。

 この場所に呼び出されているということは、それすなわち仕事があるということだ。歳の頃は似たり寄ったり、ついでに云えば露崎と彼は昔からの顔なじみではあるが、此方は特例で存在をゆるされている女の平警邏であり、あちらは幾らも階級を重ねたエリイトである。
 おまけに直属の上司だ。上司の話を聞いていない、というのは矢張り良いことではない。

 露崎は今までの己の所業を誤魔化すようにひとつ、ふたつと咳払い、眉を下げて請うてみる。

「ごめんなさい、長官。出来の悪いわたしのために、もう一度話してくださいませんか」
「ふん」

 高飛車に鼻を鳴らして、しかし根本的にひとの良い藤堂は、もう一度だけだぞ、と前置きをした上で話し始めた。
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