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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第4章 柔らかな寝台と触れた熱
「ふあ、ほんとだ、近い」
「そうだろう」

 此処も、此処も、此方もね。

 何処からか取り出した万年筆で帳面を指しながら、西園寺はまるで教師のような口調で云った。

 戯れるだけ戯れたら、ふたり揃って目が冴えてしまった。

 間抜けな話ではある。どうせ眠れぬのならば、と西園寺が引っ張り出してきたのは、何やらこと細かに書き込みのされた地図であった。

「君があやうく犯人になりそうだったのには、まあ、理由がないわけでもないのだよ」

 そうして、今日は、此処。

 云って、一つ、丸を打った。陽色は西園寺の薄い肩に寄りかかり、それだけでは足らずに腕に指を絡ませている。白いリネンに、温かな毛布。脈打つ肌と、柔らかな体温。今まで過ごした何処よりも安らいだ気持ちになる。

 西園寺はふと陽色の顔を見て、無言でそのくちびるに触れた。

 紅を引いたように色も形もいいそれを、右にひっぱり、左にひっぱり。微笑むように歪んだり、悲しむように崩れたり。寝台の上での戯れの延長線。やはりこの男、見目だけはほんとうに優れている。

 ごろにゃん、喉を鳴らさんばかりにすり寄る、猫にしても人形にしても大きなものをいなしながら、西園寺は講義に戻った。洋燈の柔らかな光が、使い古された地図と、万年筆と、ふたりきりとを、照らしている。

「今日の此処なんか、ほんとうにすぐ傍だったろう。一連の芸術性の欠片も感じられない事件は、君がいたサアカスが興行しているビルヂングを中心に起こっている」
「そうだね、ふふふ、団長が犯人だったりして」
「……君ねえ、」
「子どもぶつのと、大人殺すのと、間にどんだけの違いがあるの」

 あんまり違わない気がするの。

 西園寺は無言で陽色の頬を抓った。抓られた陽色は、また、うふふ、と笑う。まっとうに叱られるのは、なんだかくすぐったい。
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