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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第5章 探偵少女と見世物劇団
雑踏の中を歩きながら、陽色の頭の上で、今度は件の事件に関する会話が続く。
「犯人がわかった、って、ほんとうですか」
「うん。あのサアカスの、パトロンだよ。恐らく女性」
「えっ」
西園寺が至極簡単な口調で云うのへ、驚いたのは陽色であった。
なにせちいさなサアカスだから、出資してくれるひとは幾らもいない。中でも女のパトロンと云うのなら、陽色は幾度も同じ寝台で寝たことがある、あのひとのことに相違ない。
とすると、あの、生臭さは?
みるみる青褪める陽色の顔を、細い手が横からぺたぺたと叩いた。落ち着きたまえよ、君。
「……な、なんか朝起きるとやけに怒ってて、やけに煙草吸ってたの、あれ、」
「ふむ、煙草のにおいで臓物の腐敗臭を誤魔化そうとしていたのだろうねえ。それにしても、煙草だなんて、低俗な。伽羅か何かでも焚くのならば、まだしも品があるというものを」
君は生臭さを感じていたから、意味がなかったということになるし。
白い顎を指先でさすりさすり、婀娜っぽい目許が細められる。そもそも、どれだけ隠したところでね。
「寝台の下にあればね、それはにおうというものだよ」
あの安宿の記憶が、蘇る。
吐き気がする。
は、と息を吐き出した瞬間、胸に苦くて酸っぱいものがこみ上げた。いとしい彼女に食べさせてもらった温かい朝食を吐き出したくなくて、手でくちびるを抑える。
「え、う、ぅえぇえええ……」
「よく無事でしたね、陽色くん。よしよし」
柔らかな手が頭に乗せられ、よしよし、どころか、ぐりぐり、撫でられる。
西園寺のものとはまた違う温かさだ。顔に違わぬ、やさしいひとだ。殺人事件の犯人と幾晩も同衾していた記憶など、この手に全て、吸い取られてしまえばいいのに。
「……なんで女ばかり殺したんでしょうか。男のひとであるなら、まだ目的は分かりやすいような気がするんですけれど」
「さあね、そこまでは分からないよ。ただ、そうだね、私が思うには、」
殺しやすかった、のでは、ないかい。
西園寺は殊更ゆったりと、優雅な口調で応える。
それから、腕を組み、右手の人差し指でくちびるをそうっと撫でた。舞台の上の役者のような動作が、やけに様になっている。
「犯人がわかった、って、ほんとうですか」
「うん。あのサアカスの、パトロンだよ。恐らく女性」
「えっ」
西園寺が至極簡単な口調で云うのへ、驚いたのは陽色であった。
なにせちいさなサアカスだから、出資してくれるひとは幾らもいない。中でも女のパトロンと云うのなら、陽色は幾度も同じ寝台で寝たことがある、あのひとのことに相違ない。
とすると、あの、生臭さは?
みるみる青褪める陽色の顔を、細い手が横からぺたぺたと叩いた。落ち着きたまえよ、君。
「……な、なんか朝起きるとやけに怒ってて、やけに煙草吸ってたの、あれ、」
「ふむ、煙草のにおいで臓物の腐敗臭を誤魔化そうとしていたのだろうねえ。それにしても、煙草だなんて、低俗な。伽羅か何かでも焚くのならば、まだしも品があるというものを」
君は生臭さを感じていたから、意味がなかったということになるし。
白い顎を指先でさすりさすり、婀娜っぽい目許が細められる。そもそも、どれだけ隠したところでね。
「寝台の下にあればね、それはにおうというものだよ」
あの安宿の記憶が、蘇る。
吐き気がする。
は、と息を吐き出した瞬間、胸に苦くて酸っぱいものがこみ上げた。いとしい彼女に食べさせてもらった温かい朝食を吐き出したくなくて、手でくちびるを抑える。
「え、う、ぅえぇえええ……」
「よく無事でしたね、陽色くん。よしよし」
柔らかな手が頭に乗せられ、よしよし、どころか、ぐりぐり、撫でられる。
西園寺のものとはまた違う温かさだ。顔に違わぬ、やさしいひとだ。殺人事件の犯人と幾晩も同衾していた記憶など、この手に全て、吸い取られてしまえばいいのに。
「……なんで女ばかり殺したんでしょうか。男のひとであるなら、まだ目的は分かりやすいような気がするんですけれど」
「さあね、そこまでは分からないよ。ただ、そうだね、私が思うには、」
殺しやすかった、のでは、ないかい。
西園寺は殊更ゆったりと、優雅な口調で応える。
それから、腕を組み、右手の人差し指でくちびるをそうっと撫でた。舞台の上の役者のような動作が、やけに様になっている。