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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第5章 探偵少女と見世物劇団
 陽色が戻ってきたと気付かれることはなく、別段ばらばらの服装を怪しまれることもなく、地下劇場にまで下りることができた。

 客の姿はまばらだが、方々にいかにも金を持っていそうな、と云うよりは成金そうな、品はないが金はかかっている服を着た人間が、悠然と座っているのが見える。

 被っていたシルクハットをぬいで、西園寺は背中に張り付く青年を促した。此処へ潜り込むときはひとりでしゃんと立っていたくせに。いざ入ってしまうと嫌なことを思い出すものか、背中を曲げて西園寺の後ろをついてきていた陽色は、薄い肩をひく、と揺らした。

「彼女は、どれだね」
「……ん、」

 恐る恐る、けれども西園寺の質問には応えなければと思うのか、陽色は細い首を巡らせて客席を見渡した。おんぼろの劇場に、下品な恰好の者どもに、違和感なく溶け込む、歪な、お人形。

 真赤なひとみはあまりに特徴的だから、彼は今日、片目を隠している。ひとつきりなのに、ぎらぎらと強い、赤。

 その赤が静かに瞬いて、一点を見つめ始めた。

 視線の先にいるのは、豊かな黒髪を座席にまで流した女。豪奢な細工の煙管をふかしている。西園寺は顔を顰めた。話に聞いていた魔女、鬼婆と、目の前の姿が、繋がったから。そして、今となっては己の所有物になった、こんなにあどけなくてかわいらしい子どもに、無体を働いたことは、決して褒められたことではないからだ。

 陽色があの、と云うやいなや、後ろに気配もなく立っていた露崎がすいと動いた。無駄のない仕草で女の方へと歩いてゆく。

 これで、こちらは良いだろう。露崎はさして頭がいいわけではないが、捕り物だけはほんとうに上手い。それは、幾度目かの厄介事を解決した時、そして彼女が嘗ての西園寺を観ていたと知った時、悟った。

 特別からだが大きいわけでも、筋力があるわけでもないが、その分、西園寺の知る限り、他の誰も彼女にはかなわない、と云って差し支えがないほど、足が速い。おまけに体力もそれなりにあるので、これまでの、彼女と組んで厄介事に関わった幾度かにおいて、原因となった者を逃がしたためしはない。ただでさえやたらと贅沢をしているらしい女では、あの鍛えられた速度からは逃れられぬ。よしんば彼女から逃げきれたとしても、すでにこのビルヂングの入り口という入り口には、警邏隊が控えているのだ。
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