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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第5章 探偵少女と見世物劇団
 ふうん、という西園寺の返事は、後ろから聞こえてくる大声に掻き消された。

「待って! 待って、陽色!」
「ふあ、まやちゃん、どうしたの!」
「まっ、気付かれたらどうするの!」

 云ったところでもう遅い。足音も高らかに、雅弥のうつくしい姿が階段を駆け上がってくる。片手に何やら四角いものを抱えて。

「陽色、これ、持っていって!」

 差し出されたのは、レコオド盤。表紙も色褪せて、随分と古ぼけている。陽色は真赤なひとみを輝かせ、受け取った。両手で胸に押し抱く。

「あ……あ、ありがとう! もう、聞けないとおもってた!」
「ほうら、やっぱり」

 胸に両手をあて、雅也はわざとらしくしょぼくれる。

「陽色、戻ってくるつもりなんてなかったでしょう」
「……まやちゃんにはかなわないなあ、」
「当たり前よ」

 あたしたち、友達でしょう。

 レコオド盤を胸に抱いたまま、陽色は輝かんばかりに微笑んで大きく頷く。

 そのうつくしい光景を横目に、西園寺は腕を組んだ。
 そろそろ階段の上で仁王立ちしているあれに、注目してやっても良い頃合いであろう。

「君たち、もうそろそろ良いかね」
「ご、ごめんなさい、ご主人さま」
「待っていてくれてありがとう」

 ぺこりとふたりから捧げられたお辞儀を受け取り、西園寺は鷹揚に頷いて見せる。その仕草はやけに堂に入っている。さながらこの場が彼女のための舞台になったよう。

 西園寺は表情をぴくりとも変えず、なめらかな仕草で、階段の上を指し示す。

 そして、あちらの方が、これから私に成敗される悪役だよ。

 肉付きの良い中年の男がひとり、唖然呆然と怒りの狭間に立たされた、奇妙な表情を浮かべて立っていた。
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