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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 白い顔だった。

 男は後に『しかばね新聞社』の記者に語る。

 白い、白い顔。肌の白さと違う。それは白粉の、化粧の白さ。それだけでも異様というのに、更に男を怯えさせたのは、頬にべったりとほどこされた雫模様だった。血のように紅い塗料で、大きく描かれた雫。それを見てようやく男はこの白塗りの顔が道化師の、顔、だということを理解した。
 暗がりにぼんやりと浮かんだ道化師の顔は、瞬きもせずにこちらを凝っと見つめている。

 異様だ。
 これは、おかしい。これは、よくないものだ。これは、これは。

 これは。

 そのとき、男の足元が急に揺らいだ。正確には何かに足をとられてからだの均衡を崩した。

 尻餅を突いた拍子に、右手がばしゃりと水を叩いた。此処は川べりだったと男は思い出し、水に浸かった右手を持ち上げた。

 右手には、真黒い髪が、絡みついていた。
 女は朱色の着物を、ぷかり、ぷかり、川の水に遊ばせて。真白い脚を、投げ出して。いつもかちりと結い上げていた黒髪は闇よりも余程豊かに広がっていたという。

 男はついに叫び声を上げた。叫んで、叫んで、叫んでいる内に、紅い涙の道化師はいつの間にか姿を消していた。

 あの娘のからだはがらんどうでした。

 男はかけつけた警邏に話した。がらんどう。顔と、腕と、脚のほかには何にもない。骨と、皮の間にあったものが、なあんにもなくなっていたんです。まるで手品のようでありました。あれは、ほんとうに、あの娘でしたのでしょうか。

 さてしかし、男の呆けた願いも虚しく、それはかの花魁であった。がらんどうの遺骸は、確かに生きていた女であった。

 かくして、悲劇はここからはじまったのだった。
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