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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第5章 探偵少女と見世物劇団
「なんだそれは! 貴様、どういう権利があってやっている!」
「私に権利があるというより、君に権利がないのだよ」
「殺すぞ!」
「殺せるものなら、殺してみたまえよ」

 喉が絞まってゆくのを感じながら、西園寺は淡々と云い募る。服をつかまれて、つま先立ちになった程度では、ひとは簡単には死なない。それはよくよく知っている。

 視界の端で、彼、雅弥、が慌てたような顔をしている。陽色の姿は、見えない。

 何故。何処に行ったのだ、あの子は。

 西園寺の頬に、初めて冷や汗が浮かんだ。


 次の瞬間。


 先程まで己の胸倉をつかんでいた男が、文字通り吹っ飛ぶ。

 面白いほどに気持ちよく、小太りのからだが飛んだ。急激に支えを失ったからか、或いはあまりの驚愕にか、西園寺はそのまま尻もちをついてしまう。顔を上げると、凄まじい速度で階段の踊り場の壁に激突したところであった。

 どかり。

 鈍い音が響いて、男が動かぬ肉の塊になる。あの勢いだと骨が折れているかもしれない。どこかぼんやりとしながら、西園寺は視線を動かした。

 誰がやったのか、考えるまでもない。

 狭い場所に器用に立ち、細い脚を今正に男の腹に叩きこんだところ。

 真白い肌を上気させ、息を荒げているのは、陽色だった。

「……陽色、君、蹴り、上手だねえ」
「ご主人さまに手を出すなんて絶対ゆるせないもん。……あ、それと、日ごろの恨みも込めといた」

 ご主人さま、だいじょうぶ?

 切れのある蹴りを繰り出したにんげんと、同じものとは思えない。舌足らずに云いながら、へたりこんでしまった己に抱きついてくる少年は、矢張り細くて幼くて頼りない。なのに、なのに。

 君、そんなに格好良かったかね?

 言葉はくちから出てこなかった。西園寺はありがたく華奢な腕に掴まり、げほげほと数度咳きこむ。息を吸うたび、ふわり、温められたミルクのような、あまい香りが、肺を犯した。
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