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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第6章 心中サアカスと惑溺のグランギニョル
……どうにも、色と柄に見覚えがある。
よくよく目を凝らし、しまいには手に取って光に翳してみた。
紅、黒、金、荊。
そしてその真ん中に、紳士だか淑女だかよくわからぬひとが立っている。
実物をそのまま封じ込めたかのような、繊細な筆遣いは、確かに昔見た。
そう、これは、随分色褪せて、古ぼけてしまっているけれど、昔兄に描かせた。
「これ……私だね」
「んえ、」
「こんなものがまだ残っているなんて。店の棚に置くことすらゆるされていないと云うのに。いったい、どこで見つけたの」
「ごしゅじんさま、の、うた?」
「ああ、そうだね。何を歌っているのかわからないのも当然だよ。独逸語だもの」
「どいつご?」
「……そう、どいつご」
私のお母さまが生まれたお国。私のお母さまが、帰ったお国。
西園寺は、陽色の幼い口調を、模倣するようにそう云った。それから、天井に備え付けられた洋燈に目を向ける。外は夜闇に閉ざされているが、辻馬車の中は優しい橙色の光で包まれていた。
「そうか、私は、化け物は……神さま、だったのだね、君には」
まだよく呑みこめない、という顔をした陽色に、小さく笑いかける。
よかった、よかったじゃあないか、君! レコオドが聞けなくたって、これから私が幾らでも歌ってあげるのだよ!
その言葉に、陽色は、おおきなひとみを、まるまると見開かせる。視線は一点、西園寺の手元に、正確には壊れたレコオドに注がれていた。自然、西園寺のひとみも、手の中のそれに引き寄せられる。
よくよく目を凝らし、しまいには手に取って光に翳してみた。
紅、黒、金、荊。
そしてその真ん中に、紳士だか淑女だかよくわからぬひとが立っている。
実物をそのまま封じ込めたかのような、繊細な筆遣いは、確かに昔見た。
そう、これは、随分色褪せて、古ぼけてしまっているけれど、昔兄に描かせた。
「これ……私だね」
「んえ、」
「こんなものがまだ残っているなんて。店の棚に置くことすらゆるされていないと云うのに。いったい、どこで見つけたの」
「ごしゅじんさま、の、うた?」
「ああ、そうだね。何を歌っているのかわからないのも当然だよ。独逸語だもの」
「どいつご?」
「……そう、どいつご」
私のお母さまが生まれたお国。私のお母さまが、帰ったお国。
西園寺は、陽色の幼い口調を、模倣するようにそう云った。それから、天井に備え付けられた洋燈に目を向ける。外は夜闇に閉ざされているが、辻馬車の中は優しい橙色の光で包まれていた。
「そうか、私は、化け物は……神さま、だったのだね、君には」
まだよく呑みこめない、という顔をした陽色に、小さく笑いかける。
よかった、よかったじゃあないか、君! レコオドが聞けなくたって、これから私が幾らでも歌ってあげるのだよ!
その言葉に、陽色は、おおきなひとみを、まるまると見開かせる。視線は一点、西園寺の手元に、正確には壊れたレコオドに注がれていた。自然、西園寺のひとみも、手の中のそれに引き寄せられる。