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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第6章 心中サアカスと惑溺のグランギニョル
 この歌声は、西園寺は、理央は__リオは。硝子の箱に咲く金の薔薇は。あまりにも強すぎると、手折られた。

 完璧に調律された、一寸の狂いもないステエジ。金色の髪にすみれ色のひとみ。物珍しい外見だけではない。歌声は、心の臓を揺さぶるように響く。響いて、響いて、地下劇場から溢れ出て、それがどうやら、いけなかったらしい。

 リオは、あまりにうつくしかった。あまりに天才であった。一度彼女を観た観客は足繁く劇場に通うようになった。観劇するために細すぎるほど細かい規則があったとしても、決して安くはない入場料を取られたとしても、観客は皆、狂ったように、彼女を追い続けた。露崎もその一人で、特に虜になっていた記憶がある。

 丁度、帝都を明るく、清らかにせよ、と、西園寺の家名を持つ『御館様』や、その腹心たる雨宮ら警察たちが動いていた頃。

 奇妙である。恐ろしいものである。性的である。

 そういうものは、意図的に淘汰された。当時地下劇場で毎晩歌い、それを生業に一定の客を得ていたリオは。彼女のために曲を作っていた姉は。彼女を売り出すための絵を描いていた兄は。__狂女の子どもたちは、半分欧羅巴の血を引くリオとその兄姉は、網にかかったのだ。

 今でも、あの日を、夢に見る。

 かつては同じ「混じりもの」として、リオを導いてくれた、茶会や食事会では傍にあった、いつしか男のものとなった彼の手が、雨宮の手が。リオを、舞台から、引きずりおとす。己に熱狂していた観客たちが、それを何も云わず見つめている。

 リオ達の父は『御館様』で、母は独逸から遥々とやってきた芸術家。幾ら血こそ華やかな一族のものとは云えど、家督を継ぐ権利はない。そうして揃って芸術に依って生きていたのを、雨宮千遥と実の父に壊されたのだ。

 雨宮家は代々西園寺に仕える一族である。でも、先代当主はひとり娘で、入り婿の子を孕めず欧州の男を情婦として囲っていた。
 そんな折に子を宿した。西洋画の天使のような見目をした子であった。
 彼女は心労で倒れ、今は西園寺の当主__つまるところ『御館様』__が代わりに舵を取っている。負い目もあったのか、雨宮千遥は非常に気に入られていた。

 化け物の見目をした娘の執事をやめさせて、警察の高官としての地位を与える程度には。

 夢の終わりには、リオはいつも云うのだ。

 う、ら、ぎ、り、も、の。
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