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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第7章 終幕
 真白い手指に、質の悪い洋墨が擦れる。

 興味深そうにのぞき込む頭と、紙面に踊る文字は同じ色。しばらく新聞を眺めたあと、西園寺は大仰に頷いた。

「難しい文があるわけでもない。内容は低俗だが、この子に文字を教えるにはちょうどいいね」
「え、おれ、文字読めるようになるの、」
「君の努力次第だよ」

 にゃんにゃん、ごろごろ。喉を鳴らしてご主人さまにあまえる、お人形にしてはおおきなものをみて、露崎はほんのすこしだけ眉根を寄せた。

 いくら『御館様』や藤堂が頑張ったとしても、この都の闇が消えることはない。瓦斯灯の明かりがつよいほど、あしもとの闇は濃くなる。

 この子も、文字が読めぬと云うことは、金城のような、学校にゆけぬ子どものひとりだったのだろう。彼女はある程度自由に読み書きできるようになるまで、かなりの時間を要した。

 絹の襯衣の裾で包まれた、華奢な割に力強い左腕を回し、彼女は己の人形を抱きしめて、右の人差し指で新聞の見出しを示した。

 時計塔の怨霊。

「全く、ひとの住処をお化け屋敷扱いかね」
「こんなきれいなお化け屋敷ないよ」
「これは、」
「夜な夜な響く謎の声」
「……なぞのこえ?」

 あいらしい声が、鸚鵡返し。なるほど、鴨の親子に見えぬこともない。

 露崎は寝椅子の裏に回り込み、共に記事を見つめる。この時計塔が建てられたときに立てられた人柱の恨みだとか、天辺の荊の扉の向こう側に秘された姫の屍だとか、あることないこと好き勝手書いてある。煉瓦で組まれた塔にひとを埋め込むことは出来ないのではないか、だとか、天辺の姫は死んでいない、だとか、色々思うことはあるが、そこはいったんのみこむことにする。確かに、最低限読み物としては面白いが、新聞として価値はない。新聞と云うか、醜聞と云うか。
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