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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第7章 終幕
「にしても、怨霊ねえ。私は会ったことがないね。会えるものならば、できれば会ってみたいけれど」
「あったならそれはそれで怖いです。……私、てっきり、陽色くんが虐められていて、その悲鳴が怨霊だと勘違いされたのかと」
「私は自分の所有物を傷つけるような愚かな真似はしないよ」
「……してもいいよう、ご主人さま、」
「しないよ!」

 うつくしいだけはほんとうにうつくしいお人形が、うっとりとしたように頬を上気させるのを、西園寺と露崎は揃ってなんとも云えぬ顔で見た。

 この子、前会った時よりだいぶいけない方向に突っ走ってません。

 独り言のようなそれに、西園寺は黙って、深く、ふかく、頷いた。


 ひとしきり、おんりょう、だの、とけいとう、だの、こえ、だの呟いていた陽色は、その内ぱっと顔をあげた。喜色満面、といった様相で、あのね、と幼い口調で云い募る。

「おれ、おんりょう、の正体、わかった」
「それ、ほんとうですか、陽色くん」
「え、いったい、何なの、正体って、怨霊がこの時計塔に住みついたのではないのかい」

 ほんとうならば、それだけ聞いて、上官に報告してしまえば、この任務は終わりだ。特段早く帰りたいと云うわけではないが、憂い事が早く解決されるに越したことはない。陽色は、響く、の辺りを撫でながら、これが怨霊、と訊いてきた。西園寺はその手を取り、怨霊、へと誘導する。

「これだよ」
「これが、おんりょう」
「そう、怨霊」
「おんりょう、たぶん、ご主人さまのことだと思う」
「……ええと、それは?」

 何だか雲ゆきが怪しくなってきた。

 もしかしてほんとうは、虐められているのは理央さまなんですか。露崎がそう尋ねると、陽色はこてりとあいらしい仕草で首を傾げたあと、ふるふる、頭を横に振る。

「ううん、ご主人さま、声、大きいから」
「陽色、それは、声、じゃなくて、塔、だよ」
「ふあ、まちがえた」
「お勉強中申し訳ないのですが、声、とは。話が見えないのです」

 露崎の言葉に、陽色は幾らも考えを巡らさぬうちに、のんびりとした話し方のまま呟いた。

「何って、せ、」

 ぺたん。

 陽色を抱きしめていた腕が、間抜けな音をたてて彼を平手で打つ。音からすればさして痛くもないだろうが、それでも陽色のくちびるは止まる。次いで二人してゆるゆると頬に血をのぼらせた。
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