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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第7章 終幕
「君、なにを、何を云っているんだい!」
「何って、おれ、変なこと云った? 的外れではないと思うんだけど」

 頭が良くないことは、今だけは露崎にとって幸いであったのかもしれない。

 足の速いことだけが取り柄の、あまり器量のよくない娘。警邏として国に仕え、生涯独身を貫くつもりで、花嫁修業などしてこなかったこと。殆ど唯一彼女に懸想している男が、あんまりにも臆病であったこと。ついでに云えば、露崎本人はそのことに全く気付いていないこと。

 頭が良くないから、せ、の、続きの言葉が、頭に浮かんでくることはなく。頭が良くないから、西園寺が平手打ちをした意味も、先の会話の意図もわからず。頭が良くないから、真赤に染まった顔を見ても、怒ってるんでしょうか、程度の感想しか湧いて出ない。

 西園寺は立ち上がった。弾みで、膝の上で甘えていた人形が、ころりと転がり落ちる。やたらきれいに受け身をとっている彼に、一瞥をくれてやることもなく、西園寺は大股で寝台まで歩き、天蓋の中に引きこもった。残された二人は呆然と、薄いレエスを見遣る。

「……え、何、」
「ご主人さま?」

 人形じみた顔が、困惑したように歪められる。その頭が、ひと月前より高くなっているのに気づいた。男子三日会わざれば刮目して見よと云うが、これはほんとうに、半年も経てば、露崎も西園寺も追い越してしまっているやもしれぬ。それでも彼女は、変わらず彼のことをお人形、と呼び、仔猫のようにあまやかすのだろうか。

「……うわ、呼びそう」
「明莉さん?」
「すごく想像できる」
「何が?」

 先ほどと似たようなやり取りをして、露崎は寝台へと駆けてゆく陽色を見つめる。主を守る柔らかな布に、躊躇いもなく分け入って、一番奥、すみれ色の毛布にくるまってこちらに背を向けているのに、陽色はむぎゅうと抱き着いた。

「ご主人さま、ご主人さま、なんで逃げるの、」
「君の配慮が著しく欠けているからだ!」
「ふあ、ごめんなさい?」
「……君は暫く黙ってなさい、あとでうんとあまやかしてあげるから」

 配慮がない、と云いながら、全く矯正する気はないようだ。やはり子どもが子どもの面倒を見るものではない。それでは飴と、ほんの少し苦い飴である。全くもって躾ができてないではない。
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