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Kiss Again and Again
第10章 裏切り
その日は 休講のため ひとりで本を読みながら カフェテリアでコーヒーを飲んでいた。
隣に白衣の人が立ち止まったことには気がついていた。
突然 湯気の立つカップに クリップが流れ落ちてきた。 驚いて 白衣の人を見上げると 真紅の形の良い口元が ニタリと歪み 「あゆちゃん、ね」
わけがわからない状況に 次の言葉を待ち 何も言えないでいると その人は 尖り気味の顎を少し上向け 胸をそびやかした。 その首元には 初めて見るのに 初めて知るわけではない あのペンダントがかけられていた。
”A”という文字のペンダントトップを わたしがじっと見つめているのに気づくと それを指先で摘み ジーッ ジーッと動かした。 その音は 電気メスのように わたしの心臓を切り裂いた。
その人の目には 命乞いを諦めた小動物を前足で押さえ込む肉食獣の蔑みが浮かんでいる。
絶望という濃度の高い液体が 忌まわしい音をたてながら 全ての開口部から注ぎ込まれる。 息ができるのが不思議だった。
その贈り物の主を 知っている。
わたしが 愛している人。
わたしを 愛してくれていると信じている人。
蒼ざめ 小刻みに震えるわたしの様子に満足したのか その人は 立ち去った。
人影まばらの昼下がりのカフェテリア。
一人残され いつまでも 動けなかった。