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鬼の花嫁
第2章 鬼と娘
1
牛車が北の山を越えて、どれ程の時間が経っただろう。既に、長年暮らしていた土地の香りを感じられなくなった。足場が悪いのか、ガタガタと先ほどよりも車内が酷く揺れている。振動が強くなるたびに目的の土地に迫っているような気がして、李蘭の胸に更に不安が募っていき、ひんやりとした嫌な汗が背に流れていくのを感じる。
不安を誤魔化すように、震える指先を行き場無く自身の手に絡ませてみたり、心の中で密かに唄を歌ったり、どうにか気を紛らわそうとしたがそれも無意味なものに過ぎなかった。
「姫さま、到着しました」
やがて、牛車の動きがゆっくりと止まるのと同時に、馬借の若男が車内の李蘭に向かって声をかけた。
(ああ、どうしよう……)
李蘭は若男に返事をするほど心に余裕もなく、無言のまま青白い顔をして牛車を降りた。
李蘭をおろすとほどなくして牛車は引き返していった。
ガタン、ガタンという音が小さくなり遠のいていくほど、見知らぬ土地に一人になってしまった心細さに涙さえ滲みそうになる。
(どうしよう……)
贄は、森の奥に屋敷を構えるという鬼様に捧げられる。鬼様は気分で姿を現しては、人を殺し泣き叫ぶ姿を愉楽として眺めていた。特に女子供の水々しく柔らかい肉を割いた後に、それを喰らうのが好きなのだと言う。
そんな恐ろしい噂を耳にしたことがある李蘭は、この日が来なければ良いとどれだけ願ったことだろうか。
(間違いなく殺される……)
何せ、美しいと謳われる姫君が何度も送り込まれてから何日もの日々が過ぎたが、彼女たちの姿を見た者は誰一人としていなかった。
それでも、懲りずに女も大量の食料や酒も捧げ続けなくてはならない。鬼様の機嫌を損ねさせないようにするには、供物を送り必死に頭を擦り付けて許しを乞うことしか、無力な人間には出来ないのだから。
幸か不幸か、鬼様はそれを面白おかしく思ったようで、それ以降自ら山を降りてくることは少なくなった。人々が哀れっぽく頭を下げる姿を見るのが、どうやら気に入ったようだった。