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マッスルとマシュマロ
第47章 心を柔らかくするもの
宏樹はバスから降りて、夏菜子の研究室がある研究棟に入る。
建物の中は、すでに授業などは終わっている時間だからか、しんとしていて、遠くのグランドから、ホイッスルやざわめきがかすかに聞こえるだけだった。
廊下の床で、宏樹のスニーカーが、時折キュッキュッと音を立てる。
夏菜子の部屋の前に来てみると、ドアにかけられた札が「在室」となっている。
宏樹は一つ息を吸ってから背筋を伸ばし、コンコンコンコン、とドアをノックした。
ドアの奥から、夏菜子の声で、どうぞ、と聞こえる。
「失礼します。」
宏樹がその部屋に入ると、夏菜子らしい、シトラスの香りがふんわりと薫ってくる。それは、おそらく夏菜子の使っているオードトワレのようなものの香りなのだろう。
夏菜子は、そのデスクに座っていたが、宏樹をみると、椅子から立ち上がった。
夏菜子の香りを間近で嗅ぎながら、この大きな机の上で、初めてのその女性の部分を味わったことが、ずいぶん昔のことに思える。
夏菜子はじっ、と宏樹を見てから、少し微笑み、小首をかしげるようにしながら言った。
「なんだか、久しぶりに感じるわね。」
実際は、二月ほど顔を合わせていないだけだったが、それまでは頻繁にやり取りしていた研究のメールもほぼ交わしていないためか、本当に久しぶりの感覚だった。