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ある冬の日の病室
第7章 妖艶の宴
~幻夢を越えて~
 
 退院の日、僕は朝食を食べなかった。と言うより朝食が喉を通らなかった、と言った方がいいかもしれない。もちろん足立看護師は、そんな僕を見て何かを言ったのだろう。でも幸いなことに、僕はそれを覚えていない。覚えているのは里奈とのことばかり。
 僕が何かしらのアクションを起こさない限り、僕は二度と里奈に会うことはできない。入院費の支払いを済ませて、僕はしばらく小さな町の大きな総合病院のソファに腰かけていた。腰を上げることは里奈と会えなくなるということだ。
 レンタカーは山名と権藤が僕の見舞いに来た日、ボードを積んで僕の代わりに東京まで届けてくれた。僕は新幹線で帰るので、最終に間に合えばいい。そう思うと、なおさら腰が上がらない。
 強く降っていた雪も朝方になると止んだ。どうやら大雪の峠は越したようだ。ここにいても里奈に会えるはずがない。里奈は夜勤だ。今頃は家に帰り休んでいるに違いない。溜息をいくつかついて僕は重い腰を上げ病院を出て、里奈が住む小さな町に向け歩き出した。
 温泉とスキー場で有名な町だが、昼の温泉街は閑散としていた。気分がすぐれない状態で街を歩いても、ただそれは歩いているだけで、何かを発見したり、名物に目を奪われることは一度もなかった。
 喉が渇いたので、土産物屋さんの前にある自動販売機で温かい缶コーヒーを買った。そのお店の六十くらいの女の店員が、店の中で飲んでいいと言ってくれたので、僕は店の中に入り、椅子に腰かっけてコーヒーを飲んだ。それだけでは店に申し訳ないと思って、僕はアイスクリームを一つ買った。
「東京の人はこんなに寒いのアイスクリームを食べるんだね」
 と、店員は僕の顔を覗き込むようにして言った。
「寒い日にアイス食べるの東京で流行っているんです」
 僕は適当に店員さんに答えた。
 定員さんはその後も僕の隣に座って、僕の歳とか、家族構成とか、とにかく身上調査のようにいろいろなことを僕に訊ねた。気晴らしになればと思って一つ一つ丁寧に答えていったが、僕の気が晴れることはなかった。
 お店に観光客が入ってきたので、ようやく定員さんは僕から離れた。そして僕は、店員さんに「ありがとうございました」と言って店を出た。観光をする気分ではない。最終の新幹線までたっぷり時間はあったが、僕は新幹線の駅に向かった。
 
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