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ある冬の日の病室
第2章 奇跡
 白紙の夢の中で僕はとてもいい香りに包まれる。そして目を開けると、いつも里奈が僕を見ている。 
 確かに僕は里奈に会うことを期待して目を瞑るのだが、それがとても不思議なことのように思えた。僕は恋をしたのだろうか? 中三の息子がいる女に僕の気持ちが揺れている。
 僕は毎晩里奈に会った。そしてとても短い時間の中でいろいろな話をした。時間にして一分……くらいだろうか。切ないくらいに短い時間なのだけど、僕にはとても濃密な時間だった。
「翔君は十九か。羨ましいな」
「……」
 僕には里奈の年齢を訊ねることはできない。男としてそのくらいの常識は僕にもある。
「私はもう四十一」
 里奈は自分から歳を打ち明けた。
「見えないです。里奈さんはもっと若く見えますよ」
「翔君は本当にお世辞がうまいわ。女の子にもてるでしょ」
「全然」
 僕はそう言って、どうしてここに入院する羽目になったのか、その理由を里奈に話した。
「そうだったの? でも翔君はそんなに無理しなくてもきっといい人が見つかるわよ」
「……」
(そうでしょうか)という言葉を僕は飲み込んだ。
 入院生活に一つの大きなアクセントが付いた。どんなに足立看護師に皮肉や嫌味を言われても、気にすることがなくなったし、味気ない病院食にストライキを起こしそうになっていた体も、里奈が運んでくれる新鮮な空気のお陰で暴動を起こさずに済んでいる。
 四十路の女を恋愛対象として見たことは一度もない。それに熟女系のアダルトビデオも全く興味がなかった。
 年上の女に惹かれたことが一度もなかったので、付き合うなら同い年か年下がいいと今まで思っていた。でも年上も悪くない。里奈には、自分の幼さ未熟さを温かく包み込む大人の女を感じる。
 女に甘えようなどと考えたことなど一度もなかったが、里奈のような女に上手くコントロールされることも悪くはないと思い始めた。
 二つ三つどころでなく、二十以上も年上だという事実に、僕の中にひっそり隠れていた性癖が膨張するように激しく疼いた。
 里奈には中三の子供がいる。そして夫もいる。僕は家庭を持った女に心を寄せ始めている。そんな風に言えば聞こえはいいが、それはつまり僕が男として里奈と交わりたいということだ。
 僕はほんの少し後ろめたさも感じたが、自分の中に棲む男の本能にはどうしても勝てなかった。
 
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