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恋する妻
第2章 郁(ふみ)、26歳
郁は26歳、僕たちに子供はいません。もう少しふたりの生活を楽しんでから、子供を作るつもりです。結婚して1年、郁はデパートのベーカリーでパートをしています。

僕たちは職場結婚です。小さな機械商社に僕の後輩として、郁は高卒で入社しました。4歳下の郁はアシスタントとして、部門で働く初の女子社員となりました。男ばかり5人の設計課は僕が最年少で、他は全て50歳以上の妻帯者ばかりです。

必然的に僕が指導係となり、いつしか恋愛感情が芽生えました。郁が「お兄」と呼ぶのは、先輩たちが僕を「兄ちゃん」と呼んでいた名残です。紆余曲折もあり長い交際を経て結婚しました。郁は退職、高校生の頃にやっていたペーカリーでパートを始めました。

そのベーカリーは女性の可愛い制服で知られており、僕も郁の制服姿を見に行く事があります。もちろん仕事中の郁は、僕が来ても知らんぷりです。僕も声など掛けませんが、パンを持って郁のレジに並ぶ事があります。そんな時、郁は完全に他人のふりですが、おつりを渡す時に笑顔でしっかり手を握ってくれます。何か秘め事のようで、僕の好きな時間でした。

ある日、たまたま郁のデパート近くで商談がありました。その帰り、僕は郁のベーカリーに寄りました。もちろん急に思い付いたので、郁に知らせていません。そして、ちょっと驚かせるつもりもありました。

ペーカリーは地下売り場の少し奥まった場所にあります。エスカレーターの陰から覗くと、ちょうど忙しい時間が過ぎお客が途切れた頃でした。レジカウンターに郁の姿が見えました。そしてもう一人、背の高い若い男性スタッフがいました。小柄な郁と30センチほど差があります。郁は男に笑顔を向け、何か話しかけていました。男が背中を向け少し屈むと、郁が手を伸ばし肩を揉み始めました。僕は思わず身を隠し、ふたりの姿をじっと見ていました。

少しすると、お客が入って来ました。いらっしゃいませと声を掛けると、郁は仕事に戻りました。何組かのお客が買い物を終えると、店内はまた、郁と男だけになりました。そして今度は男が郁に話しかけました。郁は笑顔で背中を向けると、男に肩を揉ませていました。さらに男が何かを囁くと、郁は笑顔のまま頷きました。

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