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千一夜
第54章 第七夜 最終章 真空のゆらぎ
 電話をかけてきた誰かは何も話さない。
「長谷川です。どちら様でしょうか?」
 私はもう一度電話の向こうの誰かにそう訊ねた。
「……」
 人の声も気配も感じない。だが何か微かに聴こえる……これは音楽だ。
 あっ!これはビリージョエルのピアノマンだ。
 応答がないのだから切ればよっかった。ピアノマンは電話越しに聴くものではない。しかし私は電話を切ることができなかった。
 たとえ非通知でも私にはわかる。電話の向こうに誰がいるのか。
「ピアノマンなのにハーモニカって何だかずるいわ。亮ちゃん、そう思わない?」
「……」
 沢田絵里、いや、江村都子の声だ。
「でもそのピアノとハーモニカにビリージョエルのボーカルが重なることでこの曲が完璧なものになるのね。彼は人生の辛さをピアノで弾き、生きる喜びを力強く歌っている。切なくて苦しくて……」
「……」
 私は都子の言葉を待った。
「人生は美しいとビリージョエルは言っているんだわ」
「沢田さん、ではなく江村さんだよね? 江村都子さん」
「亮ちゃん、ありがとう」
「君からありがとうと感謝される覚えはないが」
「私の実家に行ってくれたじゃない」
「君の実家じゃないだろ」
「荒れてた庭も今は綺麗になっているわよ。門扉もきちんと直したわ」
「……」
「母が老人ホームから追い出されることはないから心配しないで。毎月の費用は遅れることなく振り込まれるようになっているから」
「俺が訊きたいのは、今沢田絵里さんがどこにいるのかということだ。教えてくれ、沢田絵里さんはどこにいるんだ?」
「……」
 沈黙、そしていつの間にかビリージョエルも歌うのを止めていた。
「私、亮ちゃんが大好きなんだけど、一つだけ嫌いなところがあるの。ききたい?」
「……」
「亮ちゃんは好奇心が旺盛過ぎるの。いろいろと調べられたりすると気分が悪くなるんだけど」
「調べられて困るようなことでもあるのか?」
「ないわ。ただ気分が悪くなるだけ」
「勝手だな」
「亮ちゃん、まだ仕事が終わらないの?」
「君には関係ない」
「十七時を過ぎても市長室に灯がついていたら下の人間は帰れないわよ」
「……」
 ハッとした。江村都子がこの街にいる。市長の部屋の灯を確認できる場所から私に電話している。私は窓から外を見た。
 夜の色に覆われ始めた空間に、江村都子の姿はなかった。
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