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千一夜
第62章 第八夜 island 満月の夜
 誰かが私を覗き込んでいる。
 ここは……多分宿の部屋。だから私の隣には河田が休んでいるはずだ。万が一、私に危険が及ぶようなことがあれば、私は河田に助けを求める。
 しかし、私は自分の体を思うようにコントロールできない。これが世間で言うところの金縛りなのだろう。
 薄目を開ける。とても強い光が天井から放たれていて、様子を正確に探ることが出来ない。だが、私を覗き込んでいる人物に心当たりがある。おそらく、この宿のおじいさんとおばあさんだ。
 二人は笑っていた。もちろん私はこの二人から敵意のようなものは感じない。それどころか、今私を覗き込んでいる二人を父や母のように感じている。
 そのとき、氷のように固まっていた私の疑問が融解した。
 私はずっと思っていた。どうして河田は私を選んだのだろうか? 河田に似合う女なんてこの世に掃いて捨てるほどいる。河田の近くには池沢だっていたのだ。でも河田が選んだ女は私だった。
 河田は学生時代にこの島を訪ねている。そのとき、河田はこの島に選ばれたのだ。河田一人ではこの島を守ることはできない。この島も生き続けなくてはいけない。河田には生涯を共にする妻が必要で、その女は河田の……島の子孫を後世に残す。
 この島にはそういう繋がりが必要だったのだ。島が河田を通して私を選んだ……。

 この島も河田に力を与え続けている。
 河田が○○〇のCFOになった翌年、○○〇は完全に復活した。逆にSグループは世間からの大バッシングを受けている。
 外国人CFOが自国の軍事産業にSグループの資金と技術を流していたことが発覚したのだ。
 無論、河田の株は爆上がりした。○○〇を退任する河田に、○○〇以外多くの企業が河田にオファーを出した。
 河田はその誘いをすべてこう言って断った。「少なくとも五年は仕事から離れる。今自分に必要なのは子供たちの成長を妻と一緒に見守る時間だ」と。
 私は河田に感謝している。そしてこの島にも。

 いくつかの疑問(例えば私が見た二十代くらいの男女は一体何だったのか)は残るが、心を島に委ねると、私に纏わりつく面倒なあれこれが綺麗に消える。
「お世話になりました。また来年来ます」
 宿のおじいさんとおばあさんに向かって良輔がそう言った。
「はいはい、待ってますからね」
 海は凪いでいた。
 小さな船に乗る。だんだん島が小さくなった。 了
 
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