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千一夜
第63章 第九夜 隣人たちとの狂宴
 ところが……。
 新しく萩原家の一員になった兄嫁がこう言ったのだ。
「健次さんは京大を出たら何をするつもりなの?」
「教師になるつもりです」
「はっ?」
 その兄嫁の驚きには演技のようなものが混じっていた。
「高校の英語教師を目指します」
「……」
 兄嫁は黙った……のではなく、上手く間を取っていたのだ(演技として)。
「だったら京大になんか行かなくていいじゃないですか? 無理なんかしなくても愛媛にはE大学があります。教育学部もあったと思うんですが、ありますよね?」
「はい」
「なら、京大ではなくてE大でいいと思うんだけど。E大だったらこの家から通えるでしょ。自宅から通えばお金も掛からない。それから健次さんにも休みの日には家の仕事を手伝ってほしいんですよ。建造君はもう立派に今治店の主任として働いているんですよ」
 健造は僕の二才年下の弟だ。
「美咲、健次には仕事を手伝ってもらう必要なんかないよ。健次には京都大学に行く学力があるんだ。だったら行かせてやってもいいだろ」
 兄の健一がそう言って僕を助けた。
「健次さんが通った高校は私立で、その高校時代に二度もアメリカに行っているでしょ。そんなときにあなたや建造君は働いていたのよ。何だか不公平だわ」
 朝会っても「おはよう」と兄嫁から言われたことは一度もないのに、そのときの義姉は多弁で僕の大学進学の件では一歩も譲らなかった。
「俺だったらそんな事全然気にしていないから。兄ちゃん、頭良いし、アメリカに行った一度は英語の弁論大会で優勝したからだろ」
 弟がそう言って僕を庇う。僕たち兄弟は本当に仲のいい兄弟なのだ。
 だが、義姉はまだ戦いを捨てていない。
「健次さんが京都大学に行ったら、一体いくらお金がかかるのかしら? それって萩原家から出さないといけないんでしょ」
「そのくらいの金はある!」
 そう怒鳴った兄は、怖い顔をして義姉を睨んだ。
「あら、御免なさい。私が萩原の家のことを考えると叱られるのね」
 うんざりした。たとえ地元のE大学に通うことになっても、僕は義姉のいる家を離れる。
 萩原家のお家騒動は、高校を巻き込むことになった。僕の希望する進学先がE大学と聞いた担任と教頭が家を訪ねて来た。「受験さえすれば京大に行ける」担任は何度もそう言って萩原家(義姉)を説得した。教頭は「どうか」と言って頭を下げた。
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