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千一夜
第63章 第九夜 隣人たちとの狂宴
「日野順子です、よろしく」
「萩原健次と申します。四月から京都大学の大学院に通います」
 平屋の家の隣にオーナーのおばんざいの店がある。
 お店には暖簾がない。というより暖簾を出す必要がないのだ。世間でよく言う「一見さんお断り」の店。僕は初めてそういう店に出会った。 
 店内はカウンター席だけ。椅子が八脚あったので、八人で満席ということになる。一見お断り、お客は八人まで。それを知れば、僕には縁のない店だと言うことがわかる。
「どう? やっていただける?」
「外国からのお客様がこちらのお店に来たとき、僕が通訳すればいいわけですね」
「そうよ」
「構いませんよ。でも、僕もアルバイトをしないといけないので。都合がつかないときもあると思うんですが」
「萩原さんは自分の予定を優先しなさい。勉強とアルバイトが第一よ」
「だったら大丈夫です」
「ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「何か質問ある?」
「一つだけお訊ねします。どうして通訳が京都大学の学生じゃないとだめなんですか? 英語だけだったら、他大学でも話せる学生はたくさんいますよ」
 まさかオーナーもどこかのYouTuberのように偏差値至上主義なのだろうか。
「ふふふ」
「……」
 美しい京美人は笑い方も品がいい。
「私のいい人が京大生だったの」
「……」
 いい人って……つまり彼氏? 恋人? 旦那さん? 
「ふふふ」
「……」
 どう反応すればいいのか、戸惑ってしまう。
「萩原さん、彼女は?」
「はぁ……残念ながらいません。小学校から大学までもてたことが一度もありません」
「ふふふ」
 京美人の笑い声が大きくなった。
「……」
 京美人の大きな笑い声に僕はショックを受けた。
「ごめんなさいね。でも萩原さん、京大生はもてるからがんばりなさい」
「……」
 京大生はもてる……って誰が証明したんだ? でも僕は見たことのない誰かの証明を信じる。僕にも彼女ができる……多分。
「引っ越しが決まったら連絡して。これが私の電話番号よ」
 おばんざい 京(みやこ)
 日野順子
 電話番号
 が、名刺に書かれてた。
 そう言えば、もう一つだけ訊きたいことがあった。
「あの、日野さんのご出身は?」
「ふふふ、京都……ではなく東京よ」
 京美人は美人でも京美人ではなかった。 
 道理で京都弁が聞けないわけだ。
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