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千一夜
第63章 第九夜 隣人たちとの狂宴
 六時を待たずに、僕は日野さんのお店に入った。スマホで時間を確認すると五時四十五分、少し早すぎたかもしれない。
「こんばんは」
「いらっしゃい。どうぞそこに掛けて」
 カウンターの真ん中の席におしぼりが用意されていた。
「すみません、早く来ちゃいました」
「萩原さん、あなたスマホで時間を確認しているの?」
「はい」
「安いのでいいから腕時計を買いなさい。女性にもてたいと思ったら時間は腕時計で確認すること」
「はい」
 安い時計を腕に巻いて、それでもてるなら僕は明日にでも時計屋に行く。
「美里さん、ちょっと来て」
 日野さんは、奥の厨房に向かってそう声を掛けた。
「はい」
 美里さんと呼ばれた女性がやって来た。
「こんばんは、吹石美里です。どうぞよろしく」
「……」
「萩原さん、口をポカンと開けていないで、あなたも自己紹介しないさい」
「……、あっ、はい……ええと、萩原健次です。隣の部屋をお借りしています。よろしくお願いします」
 綺麗だ。めっちゃ綺麗だ。目は大きくて鼻だって高くて、頭につけているチェック柄の三角巾が可愛くて、でもってナイスバディで、それから……。やばい、このお店で鼻血なんて出したら最悪だ。
「美里さんにはこのお店を手伝ってもらってるの。これから出てくるおばんざいはすべて美里さんが作ったものよ」
「……」
 日野さんの言葉が頭に残らない。
「萩原さん、あなたってものすごくわかりやすい人ね。でも美里さんはあなたには無理」
「結婚されているんですか?」
 あなたには無理、という日野さんの言葉だけはなぜかしっかり認識できた。
「ふふふ」
 美里さんが笑う。
「さぁ、どうかしら。結婚していなくても恋人がいるかもしれないわよ」
 と、日野さん。
「恋人がいるんですか?」
 僕は日野さんではなく、美里さんから答えを聞きたい。
「ふふふ。秘密です」
 美人が言う「秘密」、何だかめちゃくちゃ悩ましく聞こえる。
 いやいや違う。女性に対して「結婚しているのか」とか「恋人はいるのか」なんて訊ねている自分に僕は驚く。
「萩原さん、今日は美里さんのおばんざいを召し上がって」
「はい、ご馳走様です」
 お茶を飲みながら僕は今晩の僕を予想してみた。
 寝つきのいい僕は、今晩眠れない。目を閉じるとそこには美里さんがいる……。
 
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