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彼女はボクに発情しない
第19章 キスに焦がれる輪唱曲
☆☆☆
夕闇に染まる海は綺麗だった。街の明かりから離れ、喧騒も一段落している。あまりこの時間に海辺を歩こうという人もいないのか、人もまばらだった。

都会なので、星はあまり見えないが、猫の爪のような月が空に昇っている。
波の音が静かに響いていた。

さくさくさくと、二人が砂浜を踏みしめる音。
さっきから奏は黙ってボクの横を歩いていた。

何も言わずに、黙って奏がボクのそばに寄ってきた。腕が触れ合うほどの距離。
その温度と、時折触れる手の甲のしっとりとした感触にボクはドキッとする。

不意に奏が僕の手をきゅっと握った。

なんとなく、何かを言ってはいけない気がして、びっくりはしたけども、ボクは黙っていた。

そのまま、歩き続ける。
時折、海面に銀色の魚が跳ねるのが見えた。
遠くの海をタンカーだろうか、赤い光がゆっくりと移動している。

静かな時間だ。

ここには誰もいない。奏が『発情』する心配もない。
小学校4年生のとき、奏が初めて発作を起こしてから、ボクはいつも緊張していた気がする。ボクが一番安心するのは、結局はこういうときだ。

奏が誰とも一緒にいなくて、ボクがいる。
これなら、奏が悲しむことは何も起こらない。

でも、それじゃあ、ダメなんだ。
優子と奏が話をしているのを見て思った。
今日、一緒に過ごしてやっぱり思った。

奏には普通の女の子みたいに、友だちをいっぱい作って、楽しいこともたくさんして欲しい。ボクと一緒にいるだけじゃ、ダメなんだ。なんとか、奏をボクから解放しないと。
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