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彼女はボクに発情しない
第27章 組曲:月下の夢 ”叢雲”
『ふー、ふー』とくぐもった喘ぎ声のようなものが聞こえた。そっと覗いてみると、陽太くんが奏ちゃんを背後から抱きすくめ、口に左手を、アソコに右手をもっていっている様子が見て取れた。

・・・イカせようとしている。

くるっと、私は彼らに背を向け、見つからないように姿勢を低くした。彼らがいるところと背中合わせ状になり、しゃがんだ姿勢で階段の壁にもたれかかっているような格好だ。

壁の向こうではだんだんくぐもった喘ぎ声が余裕のないものになってきている。それに連れて、ピチャピチャという水音が小さく響いていた。

陽太くんの余裕がない、短い吐息が聞こえる。それは官能の悦びにあえいでいるというよりは、焦りや不安で息が浅くなっている、という方が近いものだった。あの神社で見たような色気はなにもない。必死になって奏ちゃんをイカせようとしている陽太くんの姿が目に浮かぶようだった。

「んっ!んん・・・ふ・・・うううう!!」

奏ちゃんの余裕のないくぐもった叫びが聞こえる。その声は余韻を残して、消えていった。
しばらくすると、すすり泣きが聞こえた。奏ちゃんの声だとすぐに分かる。

「私・・・もう、ダメかも」
涙声で、訴える。あんなにいつもりんとした奏ちゃんが、今にも消え入りそうな声で呟いている。陽太くんは何も答えていないみたいだけど、壁越しにだってわかる。ものすごい、深い愛情で彼女を抱きしめている。

「お願い・・・。もう少し、もう少し、こうしていて・・・。」

色々な感情が湧いてきて、私はいたたまれなくなって、その場を離れた。

そうか・・・陽太くんにとって、これは性的な活動、というよりは、奏ちゃんを助けようとして必死に行っている『救援活動』なんだ。そして、奏ちゃんにとって、発情は忌むべき病気の症状であり、なにも喜ばしいことなんてないんだ。

この二人は、一見、性的な接触をしているように見えて、その実、苦しみから逃れようともがいているだけだったんだ。

それなのに、羨ましいなんて思っていた自分が恥ずかしい。
そして、それ以上に、ほとんど言葉をかわさずに抱きしめ合う二人に、心の底から、嫉妬した。
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