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恋人岬には噂があった
第2章 第2話
 箸を止めた由香はそう言って、野上を見つめてにこにこしている。
「このことは確実になるまで秘密だ。お爺ちゃんたちにも秘密。健太と亜紀ちゃんにも秘密。いい?」
「うん。言わない」
 由香は口を真一文字に結び、目を丸くして、こくこく頷いた。
 野上には、由香が幼かったころから約束を守ることは分かっていた。だが、確実になるまで秘密と言ったことには、言い方を間違えたなと思った。もし確実だとわかれば、由香は健太と亜紀を引き連れて携帯ショップへ行き、私たちがお父さんをフォローしてあげなくてどうするの、と言い出しかねない。しかしそのときには生真面目な健太が止めてくれると思う。だが、由香と亜紀の口が問題だった。すぐに親父たちや、山下夫婦に情報が伝わる気がする。野上は考えた。そのときにはもう一度言い含めればいい、とも思った。
 いつもながら今夜の料理も、健太のカツオのたたきも旨かった。しかし今夜の野上は、それをゆっくり堪能している時間はなかった。

     (四)
 野上の寝室は和室の六畳である。布団は畳に敷く派だった。
 寝室に入った野上はカーテンをすき間なく閉めた。そして、布団を敷いて枕もとのスタンドの明かりだけにした。
 枕を抱き寄せてスマホを見ると、タイトルには、上さま、奈々です。とだけ書いてあった。野上はメールを開いた。
《野上さん、こんばんは。
私、上さまって書いたけどいいですか? あのとき、そのまま帰ってしまいごめんなさい。野上さんはストレートですね。私、すごく恥ずかしかった。でも、同じカキフライに手がいくって、私たち気が合いそですね。良ければお返事ください。奈々》
 野上はメールを何度も読み返した。
 彼女が、恥ずかしかったと書くということは、遠回しだがセックスを連想してほしいと言うことだろう。あるいは、勘違いしたふりをして誘っているようにも思える。
 そう解釈したとき、野上は有りのままの自分でいこうと決めた。
《こんばんは奈々ちゃん。メールありがとう。
確かに気が合うと思う。俺はカキフライをかごに入れたとき、そう思ったんだ。上さまでも野上でもいい。
それに、あのとき奈々ちゃんが俯いていたのは、恥ずかしかったからなんだ。もしかしたら、なにか想像してた?》
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