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恋人岬には噂があった
第3章 第3話 最終章
(一)
一夜明けた金曜日だった。朝の通勤時から、灰色の雲が空を覆っていた。午後になると雲が低く垂れて、野上は流れて来る風に湿り気を感じた。
だが雨に泣かされることはなかった。この日の野上は、午後四時までにはプラントの仕事は全て終えている。
一時間ほど前、本日最後まで生コンを打っていた現場監督から野上の携帯に電話がかかり、生コンの追加は必要なく、少し余った程度で本日は終了した、との連絡があったからだ。搬入量は、監督の計算通りだったようである。そのミキサー車は既にプラントに戻り、ドライバーは洗車場でミキサー車を洗い終えようとしていた。
ドライバーは水を止めてホースを片づけると、長靴から靴に履き替えた。そして運転席に乗り込んでいる。いまから、場内の自分専用の場所にミキサー車を駐めにいくのだろう。
制御室の窓辺に立って、野上が雲行きに眼を向けたときだった。
失礼しますと言って、ノートを胸に抱いた事務員の沙織が制御室に入って来た。彼女は予定の書かれたホワイトボードの前に立つと、窓を背にした野上を見た。
「野上さん。天候が崩れるかもしれないですね」
「そうなんだよ。雲行きが怪しいな。明日の予定は連絡待ちに変わったのかい?」
「はい。監督さんたちから電話があって、明日は全て連絡待ちに変わりました」
沙織はそう言って、ホワイトボードの予定の欄に、ノートを確認しながら書き加え始めた。明日の予定が、次々に連絡待ちに変わっていく。
沙織は、今年大学を卒業して、この春から楓生コンに勤めている。頭の回転が速く、仕事のことを誰かに問われても、分かりよく説明できた。しかもスタイルが良くて愛嬌がある。会社の制服を着た立ち姿には、ときに凜とした雰囲気も感じさせる事務員である。
そんな沙織だが、付き合っている相手はいないらしい。彼女の美脚が開くのは、どんな男を前にしたときだろう、と野上は思っている。それに、こんなにもいい女を、いつまでも誰かが放っておくことはないのだ、とも思っていた。
書き終えた沙織が、自分の腕時計にちらと眼を向けた。
「鈴本タイヤさん、もう直ぐ着くと思います。注文は二十本でしたね。あっ、噂をすればです」
一夜明けた金曜日だった。朝の通勤時から、灰色の雲が空を覆っていた。午後になると雲が低く垂れて、野上は流れて来る風に湿り気を感じた。
だが雨に泣かされることはなかった。この日の野上は、午後四時までにはプラントの仕事は全て終えている。
一時間ほど前、本日最後まで生コンを打っていた現場監督から野上の携帯に電話がかかり、生コンの追加は必要なく、少し余った程度で本日は終了した、との連絡があったからだ。搬入量は、監督の計算通りだったようである。そのミキサー車は既にプラントに戻り、ドライバーは洗車場でミキサー車を洗い終えようとしていた。
ドライバーは水を止めてホースを片づけると、長靴から靴に履き替えた。そして運転席に乗り込んでいる。いまから、場内の自分専用の場所にミキサー車を駐めにいくのだろう。
制御室の窓辺に立って、野上が雲行きに眼を向けたときだった。
失礼しますと言って、ノートを胸に抱いた事務員の沙織が制御室に入って来た。彼女は予定の書かれたホワイトボードの前に立つと、窓を背にした野上を見た。
「野上さん。天候が崩れるかもしれないですね」
「そうなんだよ。雲行きが怪しいな。明日の予定は連絡待ちに変わったのかい?」
「はい。監督さんたちから電話があって、明日は全て連絡待ちに変わりました」
沙織はそう言って、ホワイトボードの予定の欄に、ノートを確認しながら書き加え始めた。明日の予定が、次々に連絡待ちに変わっていく。
沙織は、今年大学を卒業して、この春から楓生コンに勤めている。頭の回転が速く、仕事のことを誰かに問われても、分かりよく説明できた。しかもスタイルが良くて愛嬌がある。会社の制服を着た立ち姿には、ときに凜とした雰囲気も感じさせる事務員である。
そんな沙織だが、付き合っている相手はいないらしい。彼女の美脚が開くのは、どんな男を前にしたときだろう、と野上は思っている。それに、こんなにもいい女を、いつまでも誰かが放っておくことはないのだ、とも思っていた。
書き終えた沙織が、自分の腕時計にちらと眼を向けた。
「鈴本タイヤさん、もう直ぐ着くと思います。注文は二十本でしたね。あっ、噂をすればです」