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恋人岬には噂があった
第1章 第1話
「俺はこの隣町だから、仕事の帰りに寄ったりしてる。今日は娘にメールで頼まれたんだ。日曜日にはこのスーパーに、娘と一緒に買い物に来ることもあるよ」
「娘さんと一緒って、仲がよくていつも楽しそうですね。私、そういう仲の良さって理想です。奥さまは?」
「俺はバツありだよ。娘と暮らしてる。だけど、理想って、彼氏は?」
「彼氏は、まだそんな人は現れないです」
 彼女はそう言って、悪戯っぽい眼で野上をにらんだ。そのあと足もとの買い物かごに手をのばした。
 野上は黙っていた。
(──奈々は、俺が独身であることを確かめたのか? だけどその眼はなんだ? まだ現れないって、そんなことまで俺に教え、しかもその体でバージンなのか? だけど、俺は空振りに終わっている)
 野上には、奈々の上目遣いや、好意を寄せてくるような言葉に、妙に釈然としなかった。ただ、アドレスを書いて渡したことには、勇み足だったと思えた。
 野上は、いま一度彼女の体に視線を這わせた。
 奈々は体の前に両手で買い物かごを持ち、姿勢のいい立ち姿だった。白っぽい服の上から裸体を想像するだけでも、極上の体のようにみえる。太ももはスカートと買い物かごに隠れてはいるが、すき間がないように見えた。
 ラブホテルの灯りの下で、奈々はどんなふうに太ももを開くのだろう。バージンの裸体を仰向けにベッドに横たえ、顔をそむけ、命じられるままに自ら両膝を抱え、理想の男の前でためらいながらも、ゆっくり股を開くのだろうか。
 そう考えたとき、野上は奈々を諦めることにした。アドレスは空振りに終わっているのだ。付き合えないのは残念だが、いま決断すれば、自分の心の傷はすぐに癒えると思えたからだ。
「まあ、あれだよ。奈々ちゃんは可愛いから、理想の彼氏がすぐに現れるよ」
「可愛いって、照れてしまいます。ところで、お渡ししたアンケートは書いて出しましたか? 答えて頂けると野上さんにポイントも付くんです。ぜひそれもお願いします」
「あの葉書? じゃあ書いて出しておくよ」
「ええ、ぜひ……」
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