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真昼の幽霊
第1章 真昼の幽霊

坂下からキャップをかぶったやや体格のいい男が自転車を押しながら上ってきている。なぜか電柱の傍に自転車をとめるとスマホで周りを撮影をし始めた。
「はは~私もついにウーチューブデビューかもしれない。ファンサしてあげないと」
近頃はミンミン蝉がライバルである。鳴き声に負けないよう顔先まで近づいて猫だましを食らわせてやろう。空から地面に降りスマホを構える男の目の前に立つ。
ふと男の目線がスマホの画面から外れ、帽子のつばが上をむく。柔らかそうな細い黒髪の隙間から黒い瞳がみえた。目があったと錯覚しそうなほど真っ直ぐな視線だった。ファンサをするつもりが逆にされている様にすら感じてしまう。
妙な違和感を振り払い驚かそうと眼前に両手を出す。
「くらえ!」
意気込みに反してパシッと小さく肌がぶつかる音がひとつ。それからスマホが落ちる音。そして、鼓動が聞こえる。
なぜか己の手首が帽子の男に掴まれ、抱きしめられているのだ。
久しくなかった感覚である。とうに暑さなど忘れてしまったのにジワジワとどこからか熱がわいてくる。ややあってからぽつりと男が喋った。
「危ないよ」
「え!?」
そりゃもう蝉もひっくり返りそうなほど馬鹿でかい声が出た気がする。
「き、きみ、なんなの……?」
「……ねぇ、俺と付き合ってよ」
「っ……?」
どうやら人間、いや幽霊も驚きすぎると声が出ないらしい。
「あちぃから俺んちこない?」
あれからワケが分からぬままチャリに乗せられてしまった。
「俺……2ケツなんて初めてだ」
「……はぁ」
帽子男の楽しげなぼやきを聞きつつ背に顔を預け、かたかたと揺れる景色を眺める。なんだか生き返ったみたいだった。
――と言うか『付き合う』ってなんだろ。心霊スポット撮影?

