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雨夜の灯(あまよのあかり)ー再会から始まる恋
第10章 「灯(あかり)のように、あなたへ」
 雨が、やんでいた。
 どこか遠くで犬が吠えている声が聞こえる。澪の腕の中には、すっかり大きくなったハルが丸くなって眠っていた。

 部屋には、あたたかい光だけがある。
 スタンドライト、カーテンの隙間から入る月、そして――環の微笑み。

「澪。……もう、泣かないで」

 環の指先が、澪の頬に触れる。
 その優しさが心にしみて、けれど涙は流れなかった。

「泣いてない。……わたし、笑ってるの」

 澪の唇が、かすかにほころぶ。
 それは環が初めて見る、澪の“本当の”笑顔だった。

 黒いフードは、もう脱ぎ捨てられている。
 長い髪は肩に流れ、白い首筋が照明の光をやわらかく反射している。

「昔のわたしを、許したわけじゃない。
 でもね、あなたに出会った今のわたしなら、
 もう、あの頃に閉じ込められたままじゃいられない気がするの」

 環は小さく息を吸って、澪の手を取った。
 静かに、彼女の胸元に手を添え、その鼓動を感じながら、囁く。

「わたしはね、澪。あなたを好きになった罰を受けてる気がしてた。
 でも今は、それがご褒美なんだと思える」

 澪は黙って環の肩に額をあずける。
 そっと触れた唇は、求めるものではなく、与えるものになっていた。

 長いキスだった。
 愛しているとも、ずっと一緒にとも、何も言わなかった。
 それでもその唇が、何よりも雄弁に語っていた。

 やがて、ふたりの手が服の布をゆっくりとほどいていく。
 その動きに焦りはなかった。
 触れる指先はすべて確かめるようで、まるで過去を抱きしめ直すようだった。

 肌と肌がふれあった瞬間、澪は小さく震えた。
 でも、逃げなかった。
 環の瞳を見つめながら、彼女は初めて、自分から唇を重ねた。

 ひとつになることの意味を、
 ふたりは誰に教わるでもなく知っていた。

 ――誰かに許されなくてもいい。
 わたしが、わたしを愛することを、あなたが愛してくれたから。

 その夜、澪は夢を見なかった。
 久しぶりに、心がまるごと満たされた静けさの中で、
 彼女は眠りについた。

 隣にある灯のようなぬくもりを抱きながら。



― 終 ―
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