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堕ち逝く空
第1章 突然の手紙
受け取った手紙を見て、綾香の戸惑いを察したのか。静かな声で言葉を続ける。しかしそれは口元を動かすだけだったようで、きちんと綾香の耳には届かなかった。
「それではまた…」
「いやいやいや…またとか無い方が私は嬉しいから!」
ちょっとだけ驚いたように、目を開いた順の予想外に無邪気な空気に、綾香は小首を傾げる。しかしそれは一瞬だけのようで、順はその後なにも動きを変えず踵を返すと車の中に消えていった。
改めて受け取った手紙を見る。鼻先に近づけると淡い薔薇の香りがし、厚みのある封筒に蝋で印が押されていた。
その厳しい封書を少し眺め、それから無造作に鞄の中へと押し込んだ。
暫くすると人がぽつりぽつりと増えてくる。その中には同級生の姿もあって、綾香は大きく吐息をついた。
「…あー! もう! 考えても仕方ない」
とりあえず家に着いたら、この不気味な手紙を開封しようと決める。本当は鞄の中に入れているのも不穏で、本心から得体の知れない何かに萎縮する感覚。気持ちのいいものではけしてない。家に帰って家の空気に触れて、温かいココアに生クリームを乗せて飲もう。--綾香は急ぎ足で電車に乗りこんだ。
朝は人が多くうんざりするが、帰れる時間も早くになれば人の影も少なくなる。これぐらいの方が、ゆったりと出来て綾香は好きだ。電車に乗り込むとやはり人が居なくて、八人掛けの真ん中に座った。
「それにしても私に従兄弟がいるとか…どうなっているんだろう? っていうか、従兄弟であそこまで似るものなのかなぁ…」
綾香に兄弟は居ない。それ以上に家族と言っても父が居るだけだ。母はもともと身体が弱く綾香が宿った時に、周囲の反対を押し切って産んで亡くなったと聞いている。父親も一人息子で、既に家族は他界していると綾香は聞いている。容姿的に言うなら母親に似ていると父が力説するぐらいだから、従兄弟がいるとしたら母方だろう。…
しかし綾香は母に関することを、父の声から聞くことはタブーだと思っている。父は未だに母を愛していた。
生きた形見としても、愛娘としても本当に何不自由なく生活していても。父が綾香を時々辛そうに見ていることも知っていた。
「それではまた…」
「いやいやいや…またとか無い方が私は嬉しいから!」
ちょっとだけ驚いたように、目を開いた順の予想外に無邪気な空気に、綾香は小首を傾げる。しかしそれは一瞬だけのようで、順はその後なにも動きを変えず踵を返すと車の中に消えていった。
改めて受け取った手紙を見る。鼻先に近づけると淡い薔薇の香りがし、厚みのある封筒に蝋で印が押されていた。
その厳しい封書を少し眺め、それから無造作に鞄の中へと押し込んだ。
暫くすると人がぽつりぽつりと増えてくる。その中には同級生の姿もあって、綾香は大きく吐息をついた。
「…あー! もう! 考えても仕方ない」
とりあえず家に着いたら、この不気味な手紙を開封しようと決める。本当は鞄の中に入れているのも不穏で、本心から得体の知れない何かに萎縮する感覚。気持ちのいいものではけしてない。家に帰って家の空気に触れて、温かいココアに生クリームを乗せて飲もう。--綾香は急ぎ足で電車に乗りこんだ。
朝は人が多くうんざりするが、帰れる時間も早くになれば人の影も少なくなる。これぐらいの方が、ゆったりと出来て綾香は好きだ。電車に乗り込むとやはり人が居なくて、八人掛けの真ん中に座った。
「それにしても私に従兄弟がいるとか…どうなっているんだろう? っていうか、従兄弟であそこまで似るものなのかなぁ…」
綾香に兄弟は居ない。それ以上に家族と言っても父が居るだけだ。母はもともと身体が弱く綾香が宿った時に、周囲の反対を押し切って産んで亡くなったと聞いている。父親も一人息子で、既に家族は他界していると綾香は聞いている。容姿的に言うなら母親に似ていると父が力説するぐらいだから、従兄弟がいるとしたら母方だろう。…
しかし綾香は母に関することを、父の声から聞くことはタブーだと思っている。父は未だに母を愛していた。
生きた形見としても、愛娘としても本当に何不自由なく生活していても。父が綾香を時々辛そうに見ていることも知っていた。