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五十嵐さくらの憂鬱。
第16章 …16
「お、時間通りか!?」

駅前の待ち合わせに、遅れてきたのは翔平の方だった。
いつもだったら、ここに小春がいる。
たとえ2人だったとしても
いつもとは全く違っていた。

変わらないのか、
変わらないよう心がけているのか
翔平はいつもと全く同じ調子で
結局、樹に言えずにでてきてしまったさくらの方が
調子が狂いそうだった。

翔平は何を考えてるのか全くわからない。
普段通りすぎて
結局は学校の話をしながら
ぷらぷらと歩き始めた。

あまりにも普段の話しすぎて、
そして、今までどれだけこうして翔平と話す機会を失っていたのか、
話題は尽きることなく
2人で面白おかしく笑い転げた。

それは、最近失いかけていた
あまりにも普通すぎる日常で
しばしその柔らかな空気感にホッとした。

それは樹がくれる
刺激的で甘美な日常とは
あまりにもかけ離れていて
一瞬、ここがどこだかわからなくなった。

それをふと
現実に引き戻された。

「…翔平、いま…」

覗き込まれた瞬間だった。
唇が触れたのは。

「…なんだよ?」

翔平の優しい瞳をまじまじと見て
脳の中がキュッと
ひんやりするのを覚えた。

「…ダメだよ」

分かってるよ。
そう口の中で翔平はつぶやく。
さくらは戸惑いと、少し悲しくなった。

翔平はにっこり笑うと
また歩き始める。

「さくら、こっち」

そう言って引っ張られた先には
動物園と遊園地。
さくらは盛大に悩んだ。
実は、樹とまだ出かけたことのないスポットだった。

一緒に行きたい。
そう思うと同時に
目の前の翔平のプレッシャーに耐え切れず
動物園の方を指差した。

翔平といると、楽しい。
なのに、この感情はなんなんだろう。
さくらはモヤモヤしたまま
翔平の太陽のような笑顔に目を細めながら
園内へと入った。
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