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仔猫と狼
第16章 こぼれ落ちる

何も答えない俺にタクシーの運転手はこちらを見ずに呟いた。
「大切なもんを大切にするって案外難しいよな。」
その言葉はどこか寂しそうで、ごまかそうなんて考えは消えていた。
「にいちゃんはあの子が大切なんだろう?だったら、そんな今にも死にそうな顔するのはやめろ。あの嬢ちゃんもにいちゃんと同じように、窓に映るにいちゃんをずっと見つめていたんだからない。」
片岡が俺を見ていた??
それは予想外の事実で、運転手の嘘のように思える。
「嘘だと思うならそれでもいいが、二人して死にそうな顔して見つめ合っているなんざ、不気味でしょうがねえ。にいちゃんもいいとししてんだ、難しいだろうが素直になんな。」
素直になる…、そんなのはどうやればいいんだろう…。
「うるせえじじいの戯言はこれでしまいだ。さっさと行ってやんな。」
「え…、あ…はい。」
確かにいつまでも片岡を待たせるわけにはいかない。
「これ…。」
財布から五千円札をだした。
「お、そうだった勘定がまだだったな。」
「お釣りはいらないです。」
そう、のこして俺はタクシーから降りた。

